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鬼々時雨  作者: そうのく
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第十二章



「ハシン様、もう少しで準備が整います」

「ああ……。」

 暗闇の中、一人の忍びが跪いて報告を述べると、ハシンと呼ばれた一人の忍び静かに返事をする。

「父上……」

 その傍らに、不安そうに声を上げる討士が一人居た。

「案ずるな、クゼン。お前の世代が必ず来る。この帳に繁栄がもたらされる」

「はい……。必ず、この帳に光を齎せて見せます……」

「もうすぐ……もうすぐなのだ……」

 拳を握りしめるハシン。悲願の願いが身の内から湧き出てくるようだった。

 そして過去を思い誓う。必ず、この帳に光を齎すのだと……。




 シクナは、城の警戒に当たっていた。今は穏やかだが、次にいつ緊急の報告が入るのかと待ち構えていた。

 この間の忍びの侵入といい、緊張が城中で高まっている。それが極致に達しようとしている。

 シクナは、城の廊下で警戒を続けていると、父であるコウゲンの姿を目にする。

「父上、外の様子はどうですか?」

「うむ……妖魔の気配は今のところ無い。ただが、次いつ現れるやもしれぬ。気をつけろ」

「あの忍びは……」

 看護に当たっている忍びについて話を求めるシクナ。

「あまり状態は良くないな……。」

 そう述べるコウゲン。話を聞こうにも、今の状態では無理に等しいと思われた。 

「あの妖魔に憑かれた忍びは、帳の妖術による物だろう。禁忌を破っている。白里からも時期に調査の目が入るはずだが……」

「これで真相が暴かれると良いのですが……まだ時間は掛かりそうですね」

 それでは収まらないだろうと言うことは、何となく察しがついた。コウゲンもその事は分かっているようだった。

「帳には、まだ何かを企んでいる事は間違いない。これだけの事をしたのだ。それなりの企てはあると考えて良い。用意は周到だ」

「でしょうね……。これ以上のことは無いと願いたいですが……」

 想像も付かないシクナ。これ以上の異形の化け物が現れるなどと、考えたくも無い事だ。

 だが、討士として……刃を構える者として、常に最悪の想定をして動かなければ――。

「憑かれ忍びの事は今も調査中だ。ただ、ヒユネ様が気になる」

 そこで、コウゴンは真剣な表情で話し始める。

「シクナ……。ヒユネ様は昔の大戦で、同盟国であった大勢の兵達を治癒したのだ。だが、戦いは止まらなかった」

「昔の大戦……?」聞かされた言葉に驚くシクナ。

「そうだ。まだ幼い頃の話だ。ヒユネ様は戦いの起きた同盟国の兵士達を治癒していたのだ。だが、戦いは止まらなかった……」

「………。」

 その時、シクナはヒユネ様が言っていた言葉を思い出していた。

 心を癒やすには、どうすれば良いのか分からないと……。

 戦いの火は止まらない、と――。

「その頃から、ヒユネ様は治癒する者を選ぶようになった。争いを長引かせ、戦火を拡大させないように」

「そんな事が……」

 あのヒユネ様に、そんな過去があったとは思わなかった。あの方の背負っている物の大きさが目に見えてくるようだ。

 際限なく続く戦い。戦火の渦の中を走り駆けるヒユネ様の姿が……。

 戦いに傷付く兵士達を、見ることしか出来ないヒユネ様の姿が――。

 終わることの無い戦い――。

「ヒユネ様は、深い傷を負っておる。それが、あの方の力を蝕んでいるのやもしれぬ。お前も、この事は心に留めておけ」

「分かりました……。」

 コウゲンの深刻な面持ちに、しっかりと頷くシクナ。よほどの事があったのだと思われた。

 血が流れる大戦に、ヒユネ様が関わっていたのだ……。

 流れたその血を見て、あの方は何を思ったのか――。

 その後、シクナは様々なことを考えながら城の見回りに戻る。

「ここの所、静かにはなったが……」

 城の見回りを続けながら、外へと目をやる。今は城での作業に取り組んでいるが、妖魔が発生する気配は無い。

 しかし、ヒユネ様の様態だけが気掛かりだった。

「………。」

 物事を考えながら窓の外を眺めていると、城の門が開かれた。

「門を開けろ!」

 その合図が出されると、シクナは運び込まれてくる病人が目に入る。

 城の門が開くと患者が運び込まれていた。

「………。」

 ヒユネ様の治癒を受けるために病人がここへと訪れる。他にも農民で怪我した者なども、この城へと運ばれてくる。

 時には、ヒユネ様自身が城を離れて、怪我した者や病人の元へと向かう事もある。

 ――だが、今のヒユネ様に……その力は……。

 今のヒユネ様に人を癒やす力は無い。どんな理由かは分からないが、今も力は戻らないままだ。

 何かがあるのだろう……。ヒユネ様自身が仰っていた、見えない傷……。

 そんな患者が城の中へと運び込まれていく様子を見ていると、シクナはふと祭殿の間が気になった。

「……。」

 そちらへとシクナが足を向けると、その物陰で、ヒユネ様が目を向けているのが分かった。

「ヒユネ様……」

「シクナ……。」

 顔を合わせる二人だが、ヒユネの表情は俯いたままだ。

「よろしいのですか? 病人を看なくて」

 ただ俯いて首を振るだけのヒユネ。

「……今行っても、私は邪魔になるだけですから」

 悲しみに俯くヒユネ。そんな様子に、シクナもどう言葉を掛けて良いのか分からなかった。

 何か言葉を考える。何か励ましの言葉を思い浮かべる。


 しかし、口をついて出たのは別の言葉だった。


「ヒユネ様。どうして、そこまでするのです? 例え帳を攻め入ろうとも、誰もあなたを責めたりはしません」

「……。」

 その言葉に、ヒユネは黙ったまま何も返さない。俯き、暗い表情で佇んでいる。

「なぜにそこまで悩み、苦しもうとするのです? ただ身を守るために戦う……。それだけのことのはず」

 自分でもよく分からないシクナ。ただ思ったことが口に出る。

「このままでは、貴方の身が持たないように見えます」

「戦うのは貴方達です、シクナ。傷付き、命を落とすのは兵士です。私は……ただ見ているだけです」

 そう答えるヒユネだが、シクナはそれに否定するように応じる。

「以前にも申し上げました。ヒユネ様、戦うことは簡単です。戦うことは楽なのです」

「……。」その言葉を聞くヒユネ。

「何も考えずただ刃を振るえばいいだけ。何も考えずただ衝動に身を任せればいいだけ。それはとても楽なのです」

「シクナ……」

 ヒユネは言葉を返せない。鬼の血が、彼を戦いへと導いて――。

「ですが、人の身は、目に見えない部分は、予想以上に脆いです……。だからこそ"人"なのでしょうね……その弱さこそが……」

 シクナは思いかえす。悩み、迷うからこそ人……。

「痛みがあるから、人の命は尊いのでしょう……」

 痛みの無い鬼には、人を理解することは難しい――。

「ですが、血を流しすぎた……痛みを忘れた物達は、もはや止まりませぬ。」

 シクナは思い返しながら言う。痛みを忘れれば、それはもはや人では無くなる

 人という名の化け物に変わる。

「魔に取り憑かれれば、止まることはありません……戦わなければ、こちらの命が奪われます」

 シクナは思い返しながら言葉を続ける。かつての自分には、人は何よりも恐ろしい存在だった。

 どんな妖魔よりも恐ろしく――。

「それでも刃を向ける事は出来ませぬか? あの鬼となった者達にも――」


「シクナっ!」


「………。」

 声を上げるヒユネに、シクナは押し黙る。

「シクナ、貴方は何を言っているのか、分かっているのですか……?」

「すみません……」

 それだけを答えるシクナ。口を開けば、こんな言葉だけが浮かんでくる。

 自分は鬼だからか……。ただ聞きたい疑問だけが脳裏に浮かぶ。

 ただ、純粋に思ったことだけ――。

「すみません……。やはり、私は気の利いた事は言えぬようです……。そういう性分なのでしょう」

 途端に笑みを見せるシクナ。笑って誤魔化そうとするが、それもどこか余所余所しく見えてしまうのだった。

「詰まらない話に付き合わせて申し訳ありませんでした。私はこれで失礼します」

 シクナは誤魔化すように、その場を後にしようとするのだが――。

「逃げてください。シクナ……。」

「え……?」

 背後から呼び止められるシクナ。思わず何を言っているのか分からなくなる。

 聞かされたその言葉は意外なものった。

「シクナ……。あなたは、逃げてください。どこか遠くへ……!」

「ヒユネ様、どうしたのですか?」

 突然、狼狽え、焦っているその様子を目にして驚くシクナ。

 こんな様子のヒユネ様を見るのは初めてだったった――。

「ごめんなさい……。このような狼狽えた言葉は、他の者の前では言えません……。ですが、シクナ……。」

 必死にヒユネは訴えかけた。このままでは、シクナは本当の鬼になるかもしれない――。

「このままでは、この地は戦火が覆われてしまいます……。そうなれば、貴方は……!」

 その光景が、自身の脳裏を過る。

 人が鬼となり、全てを燃やし尽くす鬼の姿が……。

 それは、とても悲しい光景だった。優しさを知っているはずの命が、人を傷付けようとしている……。

「私は、あなたに人のままで居てほしいのです……」

「ヒユネ様……」

 その言葉に驚くシクナ。ヒユネ様は、自分が鬼になることを心配している。

 自分が重荷になっている――。

「戦いの火が燃え上がる前に……手遅れになる前に……! 貴方はここから逃げてください……!」

 震える手で懇願するヒユネに、シクナは戸惑う事しかできなかった。

 しかし、なんと言葉を掛ければ良いのか分からない。自分には――。

 ただ、正直に答える事しかできない――。

「すみません。私が戯言を言った所為で余計な心配を掛けてしまいましたね……。大丈夫です……。私は、鬼にはなりません……ヒユネ様……」

「そんな、どうして……」

 自身の言葉を聞き入れないシクナに、ヒユネは愕然となる。

「どうして、私の話を聞いてくれないのですか……。どうして……貴方も……戦いに向かうのですか……」

「ヒユネ様……?」

 唇を噛むように漏らした言葉に、シクナは静かに問い返す。握る手が震えているのが見えた。

「どうして皆……戦いに向かうのですか……。なぜ、傷付いても立ち向かおうとするのですか……。自分の命を省みずに……」

「ヒユネ様、私は生きています。落ち着いてください」

 正気とは言えない物言いで、シクナは戸惑った。

「お願い……。もう、戦わないで…… 」

 必死に何かにお願いするように口走る。

「私を、一人にしないで……」

 過去の光景がヒユネの脳裏に蘇っていた。振り払っても振り払っても……その光景は消えない。

 癒やしても癒やしても、戦いは終わらない。

 兵士は、また立ち向かう……。

「………。」

 そんな震える手で抱きつかれ、シクナは言葉が出なかった。

 自分が重荷になっていることを自覚する。

 こんな時、どうやって言葉を掛ければ良いのか分からない。どんな顔をすれば良いのか分からない。

 その震える手をどうやったら、止められるだろうか……。

 その恐怖を、どうやったら癒やせるのだろうか……。

 鬼の自分には分からない。人で無い自分には分からない。

 ヒユネ様は、未来を見ている。この先の未来を……。

 その先で、自分は鬼となっているらしい……。戦いの火に飲まれ、鬼となった姿を取り戻しているらしい。

「……。」

 自分に何が出来るのだろうか……。戦いは避けられない。


 鬼に出来るのは、戦うことだけ――。


「………。」

 シクナは息を吐くしか無かった。どうすれば良いのか分からない。どう足掻いても血が流れる未来しか見えない。

 運命という大きな流れには、どう抵抗してもしようがない。

 戦いの運命という大きな流れには……。

「ヒユネ様、どうか気を落とさないでください……。皆は無事です……きっと……」

 シクナは繰り返しそう言うしかなかった。しかし、ヒユネの恐怖と震えは止まらなかった。

 なんと言えば良い……。こんな時……。

 鬼の自分には、ただ正直に話すことしかできない――。

「ただ、守りたいだけです。私は……ヒユネ様……」

 シクナは優しく語りかける。

「あなたを……大切な存在達を守りたいだけなのです……。貴方と同じように」

 苦笑しつつも、シクナは話を続けた。

 正直に、ただ思ったことを――。

「戦うことしか知りませぬ。私は鬼ですからね……」

「そんな……シクナ……」

 私達と同じ――。

 その言葉を、ヒユネは受け入れることができない。

 シクナの言葉を受け入れることが出来ない――。

「私は、鬼には戻りませぬ。安心してください。ヒユネ様、約束しました。こんな状況で心配を掛けるような真似は致しませぬ」

 シクナは繰り返すように言い聞かせる。

 ただ、繰り返すように……。

「……っ!」

 しかし、ヒユネは話を聞いておれず、そのまま背を向けて走り去った。

「ヒユネ様……!」

 悲しそうに去って行くその背中を、シクナはただ見送ることしか出来なかった。

 自分には分からない。どうすれば良いのか……。


 鬼と人が、分かり合う事は無い――。



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