彼女に手を出すな
ヤズデギルドがいった。
「それで、いったい何があったのだ?」
「なにがです?」と、ギレアド。
「さきほどの戦いぶりだ。お前は真後ろに熊が迫っているのにまるで気付かず、リガはリガで熊の動きが鈍ったというのに、まともな攻撃ができなかった」
「よく見てますね!」
「ジズに乗っていたからな」
「ああ、あれは目がいいですからね」
話の流れからすると、ジズとは、ヤズデギルドの紅い巨人のことらしい。
ギレアドが頭にまかれた包帯をなでた。
「しかし、見えていたなら教えてくださいよ」
「やられるまでは、お前得意の〝後の先〟だと思っていたのだ。まさか、そのまま一撃を喰らうとはな。だいたい、それ以前にあれだけ離れていては無線が届かん」
「そりゃそうか」
ヤズデギルドがリガに目を向けた。
「お前は生身であれだけ動けるのだ。まさか、初陣で緊張したというわけでもないだろう?」
「あれはーー」
リガが言葉に詰まった。
リガの中には、さきほどの戦いを正確に表現できるだけの語彙がないのだ。
熊の思考を読み取る力と、〝ぼくたち〟の超絶的な観察能力が拮抗し、一見、とてつもなくゆるやかな動きの応酬になった。背後で、どれほど高速な駆け引きがあったかを、ただの女の子であるリガが説明するのは難しい。
〝敵がこちらの考えを読んでいた。まずはそこから説明しよう〟
ぼくは助け舟を出したが、リガが口に出す前に、ギレアドが横からいった。
「一言でいうと、あの熊は、ものすごおく強かったんですよ。殿下も見たでしょう? あの馬鹿げた大きさ! おまけに、透明になる力があるわ、心を読むわ、しゃべるわ。俺たちが生き残ったのが不思議なくらいですよ」
ヤズデギルドが笑った。
「しゃべった?」
「ちょっと殿下、俺は冗談じゃなく、本当の話をしてるんですよ。あいつは、リガちゃんに復讐を誓ったんですから」
ヤズデギルドの視線がギレアドの頭部の包帯を捉えた。
小さく首を横に振ってからいう。
「ともかく、お前たち二人が無事だったのは何よりだった。ゆっくり身体を休めるんだな」
彼女はそのまま立ち去りかけたが、すごい勢いで戻ってくると、ギレアドに指を突きつけた。
「リガに手を出すなよ」