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オックスフォード・ノシーボ実験

バクークの声が無線からリガの耳に届く。


「まったく、あなたともあろう人がどうしたわけ? 敵が接近しているのに棒立ちだなんて。わたしとヤりすぎて注意力が散漫になった?」


「君には、熊が近づくのが見えていたのか?」と、ギレアドの声。


「雪に溶け込んで見えづらくはあったけどね。とにかく、あなたとお嬢ちゃんのお粗末ぶりときたら。最後、熊があんなにのろのろ動いているのに、首を軽く刺すのが精一杯だなんて。これに懲りたら、相棒はわたしに戻しなさいよ」


つまり、熊の認識阻害能力は、ごく近くにいる相手にしか効果がないということか。


まあ、そうでなくては今頃、全人類が食い尽くされていたろう。


ギレアドがいう。

「いや、彼女と熊の戦いは、そんな簡単な話じゃあーーって、おい!」


ようやくリガの状況に気づいたらしい。


〝手の平に〟と、ぼく。


リガは頷くと、コクピットから完全に這い出し、ぼくの手の上に落ちた。ぼくの苦しみが彼女にまったく届かなくなり、同時にぼくは身体を動かせなくなった。


ギレアドの機体が軋みながら近づいてくる。

あとのことは、彼に任せるしかない。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「リガは大切に扱えといったはずだぞ」

ヤズデギルドがギレアドを睨んだ。


リガは母艦の医務室で手当てを受け、いまは窓際のベッドに横になっていた。窓の外の景色は、左から右へと動いている。母艦は順調に走行中だ。壁を走るスチームパイプはときおりカタカタ震え、パイプから高温の蒸気を受けたラジエーターが、室内をほかほかと暖めている。


ベッドの脇の椅子には、身体にフィットした操縦服を着たヤズデギルドが座り、隣のベッドで身を起こしているギレアドを〝詰め〟ていた。


ギレアドは頭に巻かれた包帯を指でかきながらいった。

「いや、まさかリガちゃんがこれほどの怪我をしていたなんて。たしかに熊の一撃を食らって吹き飛ばされはしましたけど、操縦服を着せていたんですよ? あの程度の負荷には耐えられるはずなんだけどなあ」


リガは脇腹に重傷を負っていた。


ついさきほど、船医が、担ぎ込まれた彼女の操縦服を脱がせると、身体の内側から巨大な鉤爪で引っ掻かれたような、線状のドス黒い内出血が見られたのだ。幸い、内臓系は無事だったが、巨人用再生液に浸かって全治三時間、浸からずに自然治癒させるなら全治二週間という診断だった。


船医は、自分の坊主頭をなでながら首をかしげた。

「操縦服の装甲板は割れていないのに、どうして身体の中身だけ負傷するんですか?」


ぼくは、格納庫で再生槽に浸かりながら、すぐにピンと来た。


熊との戦闘で、ぼくは脇腹の肉を抉られ、骨を砕かれた。


あのとき、ぼくと同化していたリガの脳は、究極のリアリティーで、自分自身の肉体が傷ついたと思い込んだのだろう。


思い込みの力はあなどれない。


たとえば、ぼくが勤めていた製薬会社では、新薬の治験のさい、かならず二組の集団を用意し、片方には開発された薬を、もう片方にはハッカを混ぜただけの錠剤を与えていた。


これは、参加者が「新薬は効く!」と信じていれば、その思い込み自体に、病を治癒する効果があるためだ。


ハッカの錠剤を与えただけの集団でも、20パーセントくらいの人間には、病状の改善が確認できてしまうのだ。


もし、この「盲検法」と呼ばれる形を取らなければ、新薬の本当の効果は、まともに判別できないだろう。


逆に、思い込みが人を傷つけることもある。


2018年にオックスフォード大学で行われた実験では、まったく無害な砂糖の塊が、「副作用の強い新薬」として試験参加者に与えられた。結果、参加した2万5000人のうち、4000人以上が、腹痛や食欲不振を訴え、うち数人は重度の胃潰瘍にまでなった。


ぼく自身も、ぼくに試乗してきたパイロットたちに、胃をひねるイメージを送り込み、嘔吐させている。


熊を追い払った直後、リガにもぼくの痛みが伝わっていると考えたが、そんな甘い物ではなかった。傷がそのまま伝わっている。


おそらく、万一、ぼくが指を切り落とされれば、彼女の指も落ちるし、ぼくの心臓の鼓動が止まれば、彼女の鼓動も止まる。


ぼくたちは、本当に一心同体なのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今回の話は実験のところは面白かったけど打撲は微妙原因不明の怪我とかの方が良かった、それか内側が内出血を起こしてるとか、だって体が影響を与えられるのは中だけだもん、そとはむり
[一言] エスカ!フローネぇ!
[一言] 痛いと思うだけのエヴァより酷いのか
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