ダメージ逆流問題
「隊長!」無線から聞こえる声が、ぼくを過去から現在へ引き戻した。
応援の五機が十分に近づいたからか、モニターに相手の顔が映っている。
ギレアドの恋人、美女のバクークだ。
ブラウンのゴージャスな髪を後ろでまとめている。
ギレアドがいった。
「心配するな。俺もリガも無事だよ」
バクークたちの五機が、ぼくとギレアドを囲むようにして小さな円陣を組み、手にする槍を外側に向けた。
バクークがいう。
「無事ですって? ご自分の巨人の肩を見てからいってください。千切れかかっているじゃありませんか。見習いの機体もそう。脇の装甲が剥ぎ取られてる」
彼女にいわれて、ぼくはようやく熊の鉤爪の一撃を喰らったことを思い出した。意識した途端に、遠くにあった痛みが押し寄せてくる。傷口が熱を持ち始め、すぐに燃え盛る苦痛の溶鉱炉に変わった。
リガが唸った。精神逆流防止装置が一部機能していないために、ぼくの苦痛が彼女自身にも流れ込んでいるのだ。
〝手を離すんだ!〟と、ぼく。
彼女はあわてて操縦桿を握っていた右手を離したが、伝わってくる彼女の痛みは、まだ消えない。
コクピットだ。リガをコクピットから出さなくては。
都市エスドラエロンで、ぼくのパイロットだったドストエフは、〝手放し〟でぼくを操ってみせた。慣れたパイロットなら、操縦桿を握らずとも精神をつなげられるし、リガもその段階まで来たということだろう。
さきほどの熊との戦いでは、一瞬とはいえ、集中力をかなり高めたので、彼女には、ただでさえ負担がかかっている。
もちろん、あのときは、ぼくは彼女で、彼女はぼくだったから、ぼくは「無理のない範囲」に収まるように、彼女の脳を使ったが、いま、ぼくから送られる苦痛の波は、間違いなく彼女の脳に余計なストレスをかけている。
リガがレバーを操作し、コクピットのハッチを開いた。
強烈な冷気が吹き込んでくる。
彼女はどうにか立ち上がると、体半分、コクピットの外に投げ出した。
ぼくは彼女が落ちないように、右手を胸元に当てた。
彼女はギレアドたちの機体を生身の目で見ながら、浅い呼吸を繰り返した。呼気の水分が即座に凝結し、空に散っていく。
彼女の苦痛が少しずつ和らいでくるのが感じられる。
ぼくは不安を覚えた。
ぼく自身は脳が機能する限り、〝痛い〟だけで死ぬことはない。エスドラエロンでは四肢を解体されてなお生き延びたのだ。
しかし、リガはどうなのか。
万一、ぼくが腕でも吹き飛ばされた日には、痛みだけで死んでしまうのではないか?