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豚人間

「人間、ですか?」リガがいった。「その、わたしたちに似てるとは思えなかったのですけど」


ギレアドが肩をすくめた。

「俺がまだガキだったころ、酔っ払いから聞いた話だからなあ。そいついわく、世界が寒くなり始めたころ、人間はいまよりもずっと賢かったそうだ。


巨人を生み出し、太陽の一部を〝樽〟に押し込め、空を飛ぶ船すら作り上げるほどにね。


その知力を使って、何人かの人間が自分自身の体を寒さに耐えられるよう〝改良〟したとか。毛皮を生やし、熱を蓄えられるよう身体を大きくし、口を開いて冷気を取り込まないよう思念で会話できるようにした。


それが熊の祖先なんだ」


リガが沈黙した。

こめかみを指で押さえながら、思念でいう。


〝ヴァミシュラーさん、ギレアドさんの話がよくわからないのですが、人が、人を獣にするなんてことができるのですか?〟


人を獣にする。


ずっと昔にも、似たような言葉を聞いたような気がする。


そう意識した瞬間、ひとつの記憶が蘇った。


〝人豚〟だ。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


ぼくが人間だった頃に勤めていた製薬会社では、遺伝子組み替えの研究を行なっていた。レトロウイルスを使って、人間の遺伝情報を豚に組み込み、豚の内臓を移植用臓器にしようとしたのだ。


それも、ただの臓器ではない。前年に発見された不死細胞「ヒーラ2」の特性を持たせたのだ。


実験は成功し、〝癌発生率の低い人の胃・膵臓・脾臓〟を持つ豚が誕生したが、まもなく予想していなかった部位も人化していることが確認された。


臓器豚たちは、脳の容積が通常の豚の倍に増えていたのだ。


ただちに社内倫理委員会が招集され、ぼくも広報担当の一員として出席した。年齢を考えれば大抜擢といえるが、この数ヶ月前から、ぼくは奇妙に優遇されることが増えていた。


何をしたわけでもないのに、ボーナス査定はオールA、給与ランクは天才の乃木沢と並んで同期ツートップ、社宅も郊外ながら一軒家が割り当てられていた。


そういうわけで、倫理委員会の出席者のなかで、ぼくは比較的若く、同年代なのは、臓器豚計画の担当者でもある乃木沢圭吾だけだった。


ぼくは、コの字型に組まれたテーブルにつき、部屋の中央で熱弁を振るう乃木沢を見つめていた。


彼は、自分の足元で寝転んでいる豚をなでた。

「彼ら〝人豚〟は、人か、それとも豚か。俺の答えは、〝そんな瑣末なことは気にするな〟です。わからないんですか? 今回の件で、ヒーラ2の〝固定性〟が脳に対しても発揮されると証明されたんですよ。倫理的問題? そんなものにはクソでも食らわせろ。これは、みなさんお待ちかねの認知症治療薬が、数年以内にできるということなんですから。人の脳をした豚ができた? けっこう! いくらでも治験ができるじゃあ、ありませんか」


こうして、倫理委員会は〝招集されなかった〟ことになった。


が、ヒトの口に戸は立てられない。

四日後、委員会での討議内容が、一言一句まで週刊誌にすっぱ抜かれた。


乃木沢は「人の脳を製造する悪魔的研究!」と題された記事に憤慨していたが、株価は逆に連日のストップ高で五百二十パーセント上昇し、会社は大手を振って乃木沢の研究に資本を投下するようになった。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


この未来世界が、ぼくのいた時代からどれほど離れているのかは知らないが、乃木沢が豚を人にできたのだから、未来人が人を熊にできないはずがない。


ぼくはリガにいった。

〝できるよ。科学者は人間を動物に変えることができる〟


彼女の感情が伝わってきた。

かなりの衝撃を受けている。


〝それは、なんというか、恐ろしいですね〟


そのとおりだ。

倫理観を失った科学ほど恐ろしいものはない。


だから、ぼくはマスコミに〝人豚〟の件を流したのだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 隠蔽体質でコンプライアンスガバガバの会社の株がストップ高は有り得ないかと [一言] 不自然すぎるかと
[一言] 意外と主人公が熱血派?だった
[一言] 仮にここで乃木沢が踏みとどまったとしても、結局他の誰かが後々その禁断の果実に手を伸ばしてしまうのです。 クローン羊のドリーが誕生した頃に「技術的には可能だが人間のクローンを造るのは止めてお…
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