熊とツキノワグマ
格納庫は緊張感に包まれていた。
いまは昼時間だが、夜時間シフトの人間も出動し、大慌てで全ての巨人の出撃準備を整えている。再生槽から再生液が抜かれ、天井から下がったクレーンで装甲が取り付けられていく。整備用の小ぶりな巨人が二機、忙しそうに再生槽を飛び回っている。
操縦士たちは格納庫の角、かつての再生槽に蓋をしたところに集まっていた。みな、ちらちらとこちらを見ている。新入りのリガが気になっているのだ。
リガは落ち着かない様子で、支給されたパイロットスーツの脇のあたりをなでていた。白色のスーツは伸縮性の高いゴムのような素材でできていた。ところどころ硬いのは薄い装甲が埋め込まれているからだろうか。
しばらくすると、ギレアドが戻ってきた。
着ているものは、鍛え上げた身体に馴染んだパイロットスーツだけだ。いつもと違い、マントは置いてきたらしい。
ギレアドがいう。
「もう聞いていると思うが、〝熊〟が出た。これはある意味、喜ぶべきことだ。やつらは、帝国の熱を狙うので、自然、帝国の国境付近にしか出ないからな。おそらく、帝都から見て六時方向の荒野の端にさしかかったのだろう。
ただし、我々はやつらの狩場に踏み込んでいる。ただちに対応せねばならない。全機を二機一組とし、船を中心に索敵を開始する。群れの全容がわかるまでは、うかつな行動は慎むように」
リガが思念でいった。
〝ヴァミシュラーさん、熊とはどのような動物なのですか?〟
ぼくは熊のイメージを送った。
以前、多摩動物公園で見たツキノワグマだ。
黒い毛皮に、丸っこい身体。人の肉など一瞬で削ぎ落としてしまいそうな鉤爪。
〝大きいですね! 雪兎の何十倍もある!〟
〝でも、足跡を見る限り、この世界の〝熊〟はこんなもんじゃないよ。ぼくの巨人としての記憶が、〝熊〟という単語を、ぼくの世界の熊に当てはめただけで、じっさいはまったく違う生物なんだと思う〟
そうこうするうちに組の振り分けがはじまった。
「アバドンとナタン」
「トラとジェザマ」
「カミノとゼガリアー」
途中、ぼくの隣にいたゴージャス美女が「バクークはオバッデと」といわれて顔を顰めた。小声で「なんで、あたしが? あたしは隊長と組むはずでしょう?」という。
リガの名前はなかなか呼ばれない。
それどころか、最後の一人になってしまった。
点呼が終わった瞬間、リガが小さく手を挙げた。
「あの、わたし、まだなのですけれど」
少し離れたところで、大柄なパイロット二人が小声でいうのが聞こえた。
「あのガキ、奴隷あがりの蛮族らしいな」
「それどころか、操縦経験が一月もないとよ。獣を相手にするなんて無駄死にするだけだ。出撃させないのは隊長の温情だろ」
ギレアドが咳払いしてからいった。
「みな、そこにいるのは新入りのリガだ。よろしく頼む。彼女が組むのは、この俺だ」