軽薄騎士
「動いているぞ!」
再生槽のそばの通路で、集まっていた操縦士たちがざわついた。
ぼくに乗って嘔吐するハメになった者たちだ。
〝先生〟が手すりからぶら下がっている計器類を確認しながらいう。
「よし、次は右手をあげてくれ」
ぼくは再生槽に座ったまま、右手をあげた。
先生が計器の側面を軽く叩いた。
「なかなかの同期反応だ」
先生の隣に立っているギレアドが、横から覗き込む。
「79? 帝都の近衛隊並の数字だ。ずいぶん有望な新人を手に入れちまったなあ。しかも、美人と来てる」
先生を挟んで、反対側にいたヤズデギルドが、ギレアドを睨んだ。
「リガは、まだ子供だ」
ギレアドが両手をあげた。
「もちろんです。殿下の大切な方に手を出すような真似は、太陽神に誓っていたしませんよ」
ヤズデギルドが目を細め、ギレアドはあわてて背筋をただした。
「冗談です。殿下。失礼いたしました」
ぼくは巨人の目で、額の汗を拭っているギレアドを見た。
リガもぼくの目を通して彼を見ている。
リガが思念でいった。
〝わたし、本当にあの人と寝泊まりするのですか?〟
彼女は片手でぼくの操縦桿を握っている。
これはぼくの指示だ。
両手で握ると、ぼくたちの精神は完全に一体化する。精神の一体化とは、脳の共有だ。先日、脳のオーバーヒートで倒れたリガには危険すぎる。
それに、万一、一体化した状態でぼくたちの感情が暴走すれば、目の前にいるヤズデギルドを攻撃しかねない。
ヤズデギルドは敏捷だし、判断も早い。
拳が届く前に、リガは〝枷〟によって処分されるだろう。
リガに目をかけてくれているのは間違いないが、躊躇することに期待をかけるのは危うすぎる。
ぼくはいった。
〝正確にはドア一つ隔てて隣り合った部屋、らしいけど〟
1時間ほど前、ぼくの前を通って行った操縦士二人組がそう話していたのだ。
リガがいう。
〝もしものときは、身体をお願いします〟
〝本当に危険なときはね〟
ぼくはヤズデギルドを見た。
まったく、厄介な事態だ。
彼女は、ここに来る前、執務室でリガの肩に手をおいていったのだ。
自分のそばにいると、また暗殺に巻き込まれるかもしれないから、食事時以外は、予定通り操縦士たちと共に暮らせ。と。
リガが、自分は病み上がりだから、もし、自分が暗殺者に狙われたら戦えない。守りの硬いヤズデギルドの部屋がいい、と主張したが、ヤズデギルドから返ってきた答えは、
「なら、騎士たちのなかで、いちばん強く、忠誠心の厚い男にお前を守らせよう」だった。
それが。こうなるとは。
ヤズデギルドに、いちばん真面目、という条件を加えてもらうべきだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
起動実験は終了した。
ぼくは再生槽に横たわり、リガはハッチから出て通路に降りたった。
ギレアドが素早く近づき、彼女の肩を抱いた。
「見事だったね。上役として鼻が高いよ」
「おい」と、ヤズデギルド。
「いや、殿下、これはねぎらいですよ、ねぎらい。リガちゃん、すばらしい動きだったよ。俺でも動かせなかった機体を、ああもなめらかに動かすとは」
リガがギレアドの手を外そうと奮闘しながらいう。
「なめらか、ですか?」
「ああ、巨人の操作は才能がものをいう世界だ。ただ右手をあげるという動作ひとつとっても、違いは如実に現れる」
ヤズデギルドが顔をしかめながら頷いた。
「ギレアドのいうとおりだ。たしかに、お前の操縦は見事だった。ギレアド、そのへんにしておけ」
「いや、もう少し親睦を。そうだ。たしか、リガちゃんは巨人の声が聞けるんだろう? ひさしぶりに乗ったコイツは、なんていってたんだい?」
リガがどうにかギレアドの太い腕を持ち上げた。
「ヴァミシュラーさんは、もし、貴方がわたしによからぬことをするなら、自分が相手になるといっていました」
ヤズデギルドと操縦士たちが顔を見合わせ、爆笑した。
ヤズデギルドが涙をぬぐいながらいう。
「だ、そうだ。ギレアド、この巨人に成敗されぬよう、もう少し慎むのだな」
ギレアドも笑った。
が、離れぎわ、リガの耳元で「俺は、本気で君のことが気になり始めたよ」とささやいた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
「たしかに、あやつは軽薄だ。だが、腕は立つ。万一、お主が襲われたとしても、やつならば防ぎ切るだろう」
ヤズデギルドが夕食の場でいった。
この日のメニューは、黄色っぽい色のシチューに、肉と野菜のロースト、パンに似た食べ物だ。
リガはパンをかじりながらいう。
「その前に、あの人に襲われそうなのですが」
ヤズデギルドがこめかみを揉んだ。
「あやつの悪い癖だ。ただ、もう少し年上のオンナが趣味のはずだし、わたしが釘を刺した以上、無理矢理お主に何かすることもないだろう。ああみえて、やつは貴族の振る舞いというものをわかっている。五代前の太陽皇帝の子孫だからな」
では、一応、王子様ということなのか?
夕食後、部屋から去ろうとするリガに、執務机に向かっていたヤズデギルドが、顔をあげないままいった。
「リガ、ギレアドに惚れてくれるなよ」
翌日、船は帝国の勢力圏に入った。