最強少女(うわぁようじょつよい)
男は大型ナイフを床から抜くと、ぼくに向かって投げた。
見事な投擲だ。
ナイフは空中で一回転半し、刃先をぼくにむけて突き進んできた。
窓から入り込む陽の光のなか、刃は鈍色に輝いている。
ぼくは腰、右肩、右腕、掌を操作し、時速七十キロほどの速さで向かってきたナイフの柄を掴んだ。
全筋力で慣性を抑え込む。
刃はリガの右目の眼球から二センチのところで止まった。
男は間髪入れず、蹴りを放ってきた。
足の軌道は、男の狙いが、ぼくが掴んでいるナイフの柄であることを示している。
ぼくの頭骨に刃を押し込むつもりらしい。
いい作戦だ。
ぼくの巨大脳の処理力がなければ、男の意図を見抜くのがコンマ数秒遅れ、やられてしまっただろう。
ぼくはナイフを放すと、向かってくる男の足首を片手で掴み、かつて柔道の授業で教わった要領で〝背負った〟。
腰の入り、足の運び、円を描く腕の動き、何もかもが究極的なタイミングで行われた。達人が一生に一度夢見るような、理想の柔だ。
男は背中から床に叩きつけられた。
床板が割れる、すさまじい音が響いた。
分厚い絨毯が敷いてなければ、男の背骨は砕け、即死していただろう。
男の肉体は反動で宙を舞った。
が、男は意識を保っていたらしい。
くるりと身体を回すと、立ったまま床に着地した。
舌を巻くほどの運動神経と頑健な体だ。
こんなやつを相手にし続けるのは危険極まりない。
この肉体はあくまでもリガのものだ。
ぼくの、神経と筋肉を酷使する操作に、いつまで彼女の肉体が持つか。
というわけで、ぼくは叫んだ。
「誰か!!」
声が響き渡る。
間髪入れず、ヤズデギルドが執務室と寝室をつなぐ扉から飛び出してきた。
いくらなんでも速すぎる。さきほどの背負い投げの音で起き出していたのだろう。
彼女が「リガ!」といって、こちらに駆け寄ろうとしたが、男もまたヤズデギルドに向かって走り始めた。
男が腰から新しいナイフを抜き払う。
ヤズデギルドの方は素手だ。
柔らかそうな寝巻きは、防刃など期待できそうもない。
リガが何か叫ぼうとした。
ヤズデギルドへの警告か、男への応援か。
だが、言葉になる前に、男がヤズデギルドに向かって鋭い突きを繰り出した。
そして、ヤズデギルドの動きは男よりさらに鋭かった。
彼女は宙に飛び上がると、体を横回転させ、足裏蹴りを男の胸に食らわせたのだ。
プロレスでいうローリングソバットというやつだ。
男の巨体が窓の方にふっとんだ。
身体の主導権はリガに戻りつつあったが、彼女は口を開けて立ち尽くしていた。
気持ちはわかる。
たしかに、ヤズデギルドと老将の会話の中で、ヤズデギルドは生身の肉体でも強いかのような口ぶりだった。
でも、なんて身体能力だ!
ぼくが操るリガの肉体に引けをとってない。
ヤズデギルドが男に向かって歩を進めた。
「襲撃とは愚かなことだな」彼女が赤い髪を後頭部で手早くまとめた。「帝都が近づき、焦ったのか?」
男の顔が包帯の下で笑ったように見えた。
男は窓に駆け寄ると、そのままガラスを突き破って外に飛び出した。
バカな。高さ十メートル以上あるのに!
しかも、下では母艦のキャタピラが高速回転しているのだ。