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巨人脳の通訳問題

「カレイキャク?」

老将ヘブロンがおうむ返しにいった。


「ええと、水は凍るとき、セッシゼロドを下回ると、いつでも即座に凍りつくというわけではありません。液体から固体へと変わるときは、液体を構成するブンシのなかに、核となるソウが出現し、そこからソウテンイが全体に広がるのです。


核が生まれるときは、物理的刺激が欠かせません。ちょっとした波紋、ちょっとしたサカナの尾びれのひとかき。


刺激がなければ、気温が凝固点を下回っていても水は凍らないのです。つまり、まったくの無風で、波が立たず、ごくゆっくりと冷えていくならば、たとえ海でも液体のままとなるのです」


場が静まり返った。


母艦のエンジン音だけが小さく響いている。


老将ヘブロンが口を開いた。

「お主が何をいっておるのか、さっぱりわからん」


ギレアドが申し訳なさそうに頷く。

「俺もだよ、リガちゃん。なんだい?セッシゼロドってのは」


〝ヴァ、ヴァミシュラーさん〟と、リガ。


思ってもみなかった事態だ。


ふだん、ぼくがリガとやりとりするさい、ぼくの巨人脳が日本語とリガたちの言語を翻訳している。おそらく、この巨人の肉体に、巨人が見聞きしてきた単語や文法が蓄えられており、自動的に処理しているのだろう。


だが、この世界に、ぼくが発した日本語に対応する単語がなかった場合どうなるのか?


そのまま日本語でリガに伝わってしまうのだ。


ぼくの「過冷却」についての説明は、ほぼ完璧だった。

文系のぼくが、理系の創薬企業で生きていくために、幅広く学び続けた成果だ。


なのに、まさかここに来て言語の問題にぶつかるとは。


ぼくが焦っていると、艦長がいった。

「おそらくですが、セッシゼロドというのは、〝降雪温度〟のことでしょう。雨が凍り、雪となる温度です」


ヤズデギルドが艦長を見る。

「リガのいったことがわかるのか?」


「いえ、わたしに理解できたのは最後の部分だけです。つまり、毒見係くん。君は刺激さえ与えれば、この海が即座に凝結するといいたいのかね?」


ぼくは艦長に感謝しつつ、リガに同意の念を送った。


リガが頷く。

「その通りです。あとは、凍らせた上を行軍すればいいのです」


彼女は三十センチほどになっていた雪玉をゴロゴロ転がすと、岸のへりで手を離した。


雪玉はそのまま転がり、海に落ちた。

ざぶん、と音が響く。


全員がリガに並んで海をのぞきこんだ。


ぼくは、うまくいってくれ、と念じた。


現在の外気温はマイナス二十度後半から三十度前半だろう。


海のまわりは聳り立つ超構造体の山々で囲われ、廃液を流し込む都市なども見当たらない。


もし、リガの目の前の液体が塩水だとすれば、液体のままであるのは、過冷却以外ありえない。


果たしてーー。


ぷかぷか揺れていた雪玉が、いきなり動きを止めた。

雪玉の周囲の海水が白く変色する。

白い色は、文字通り矢のような速度で広がっていく。

バキバキとすさまじい音が響き渡り、氷がそこかしこで割れ、盛り上がる。

五十メートル先、百メートル先、海はどんどん白くなり、ついには遥か彼方まで色が変わった。

数億トンの液体が凝結しているのだ。振動は大地にまで伝わり、艦長がよろけて老将ヘブロンの肩につかまった。

背後では母艦が警報音を鳴らし始めた。

海を囲う峰々で雪崩が起き、雪の塊が海に向かって落ちていく。

リガたちのすぐ前で、数トンはあろうかという、大きな氷のかけらが押し出され、宙にとびあがり、ヤズデギルドの真横にズドンと落ちた。


それで、終わりだった。

海はまるで初めから凍っていたかのように鎮まっていた。


リガを含め、誰もが唖然として、その場に立ち尽くした。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうはならんやろ
[一言] 初めて見たら、なんの魔法かと思いますね、アレ
[良い点] おもしろい! なろうで読んだことのない世界観にひきこまれます。 更新楽しみにしてます! [一言] 大作になる予感しかしない
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