カレイキャク
〝どうしたら、こんな重いものが水の上を走れるんですか?〟リガが陸上戦車の巨体を眺めながらいった。
〝水を凍らせるんだ〟
〝気温がさらに下がるのを待つということですか?〟
〝少し違う〟
ぼくはリガの目を通してヤズデギルドを見た。
〝ぼくのいうとおりにすれば、彼女の信頼を勝ち取れると思う。でも、それはお姉さんの仇である彼女を、大きく助けることでもある〟
リガは少しだけ考えてからいった。
〝復讐というものは、時と機会を待つことがたいせつなのだと思います〟
〝わかった。なら、まずは雪玉を作って〟
リガは頷くと、手袋をした手でせっせと足元の雪を集め始めた。
護衛兵の一人が冷たい目で見下ろした。
「これだから蛮人は。こんなときに遊び始めるとはな」
「遊んでいるわけではありません。わたしは、ヤズデギルドさんを助けようとしているのです」
護衛兵が笑った。
「それで、どうやって殿下を救う気なんだ?」
リガは答えずに、雪玉をせっせと転がし始めた。
〝どれくらいまで大きくするのですか?〟
〝雪だるまの頭くらい〟
子供の頃、実家のある富山県で作った雪だるまのイメージを送ると、リガが笑った。
〝雪の玉を二つ積み上げて、手や足をつけるだなんて。ヴァミシュラーさんのいた世界は、ほんとうに面白いですね〟
護衛兵が怒鳴った。
「おい、このいかれた蛮族女。殴られたくなければ、そのへんにしておけよ」
議論中だったヤズデギルドがこちらに顔を向けた。
「どうした? わたしの毒見係が何かしたか?」
「は!」護衛兵が直立不動になる。「その、この蛮族めが、殿下を救うなどといいながら雪玉遊びを始めたもので」
老将ヘブロンが白い眉を寄せた。
「小娘め、また妙なことをぬかしおって。さすがにこんなところで毒見もあるまい。おい、小娘を艦内に下がらせよ」
ヤズデギルドが片手をあげた。
「待て、わたしはリガの話が気になる」
「わたしもです」とギレアド。「じっさい、その娘がいったように、まだ誰もあの機体を動かせていませんからね。今度だって本当かもしれない」
そう。ギレアドは、こうして岸壁に降り立つ直前まで、〝先生〟と共に、ぼくの操縦士探しをしていたのだ。ついさきほどの挑戦者は、小柄ながらよく鍛えた四十男で、操縦桿を掴むや否や、ギレアドと同じように口を押さえてぼくから飛び出したのだった。
艦長が頷いた。
「煮詰まっているのです。聞くだけ聞いてみましょう」
場にいる全員の目がリガを向いた。
〝ヴァミシュラーさん?〟と、彼女。
〝わかってる。こういうんだ〟
リガはぼくが伝えた言葉をそのまま口にした。
「海は凍っています」
老将ヘブロンが吹き出した。
「お主、目がついとらんのか? どうみても凍っとらん!」
「たしかに、一見、凍っていないように見えますが、本当は凍っているんです。これは、ええと、カレイキャクというのです」