ナンパ師ギレアド、ロックオン
装甲扉が開き、タラップが雪原に降ろされた。
冷気が艦内に吹き込んでくる。
リガの前髪に瞬時に霜が降りる。
おそるべき寒さだ。
ヤズデギルドを先頭に、リガ、老将ヘブロン、巨人乗りのギレアド、艦長、それと警護兵五人がタラップを降りた。
皆、コートやマントのフードをかぶっている。
この極寒の世界では、マントも実用品なのだ。
あたりは静けさに包まれている。
リガの耳に届く音は、一行が踏みしめる雪の音だけだ。ザク、ザク、ザクと単調な響きが続く。
ぼくは艦内の再生槽でのんびりと風呂に浸かっているが、こちらもいつもよりずっと静かだった。艦が停止しているので、キャタピラから伝わってくる振動がないのだ。
先頭のヤズデギルドが、水際で足を止めた。
ほかのものは一歩下がった位置に控える。
ヤズデギルドがいった。
「賭けに負けたか」
息が白くけぶる。
彼女の前には波ひとつない水面がどこまでも続いていた。ダイソン球ゆえに水平線はなく、果ては雲に隠れて見えない。頭上の灰色の空を映しているのか、水は暗い灰色だ。
老将ヘブロンがいう。
「殿下、まだ諦めるのは早くございます」
「しかし〝海〟を迂回すれば帝都までの日数は数倍になる。これでは間に合わない」
「間に合わない、ということはないでしょう。殿下のこれまでの実績を考えれば、帰還が少々遅れたとて後継者争いで不利にはなりますまい」
「そんなことをいっているのではない。我々が遅れれば、それだけ市民の犠牲が増えるといっているのだ。熱供給が不安定な地域では、一日百人が飢えと寒さで亡くなっている。十日遅れれば千人、百日遅れれば万人が死ぬ」
ヘブロンが首を垂れた。
「申し訳ございませぬ。思慮の足らぬ発言でした」
ヤズデギルドが振り返り、ヘブロンの肩を叩こうとした、が、背が低すぎて届かない。
彼女は代わりに彼の腰を叩いた。
照れ笑いしながらいう。
「わたしへの忠誠から出た言葉だ。わたしもいい過ぎた。許せよ」
「もったいないお言葉です」
リガの隣で護衛の兵士が鼻をすすった。
その横の兵士も同じだ。
リガは泣いていない兵士に近づくと、
「あの、みなさん、どうなさったんですか?」と小声できいた。
兵士は目を細めた。
小声で答える。
「お前のような蛮族に教えることなどない」
リガがひるんでいると、筆頭パイロットのギレアドが首を伸ばしてきた。
声をひそめていう。
「まあ、そういうなよ。これだからおやっさんの部下は。たしかに、この子は蛮族だったかもしれないが、いまは俺たちと同じ、軍団の仲間じゃないか。いいぜ、俺が教えてやるよ。ええと、なんて名前だったかな?」
「リガ、です」
「そうね、リガちゃんか。いや、ずいぶん見違えたなあ。こないだは、そう、味のある服を着ていたのに、ずいぶんパリっとしちゃってさ。帝国貴族の子女だっていわれたら、信じちゃいそうだよ」
ギレアドはぐいぐい身体を寄せてくる。
リガは後退りしながら、思念でいった。
〝ヴァミシュラーさん、この人、なんなんでしょうか?〟
〝女好きなんだろう。気をつけた方がいい〟
〝ああ、お姉ちゃんの上司だったドストエフさんみたいな人ってことですか〟
〝もっと、たちが悪そうだけどね〟
リガみたいな子供に迫るだなんて、とんだ騎士様だ。