全球凍結世界
アリシャが、ぼくの装甲のボルトをばかでかいレンチで締めながらいった。
「ねえ、知ってる? 今度、操縦者の選定試験があるんだって」
もちろんぼくは答えられない。
だが、彼女はそんなことを気にせず話し続ける。
どうやら作業しながら独り言をいうのが癖になっているらしい。
「この間の戦闘で、ジャジャルさんが頭を怪我しちゃったんだって。それで精神感応の適性がなくなっちゃったの。機体は無事だから、すぐに補充しないといけないわけ。もし操縦者に選ばれたら、どうなると思う?」
どうなるんだ?
「なんとね、家がもらえるのよ。しかも城壁の中にあるってだけじゃなくて、塔のなかに一部屋よ。塔は〝樽〟から直接熱を得ているから、すごくあたたかいの。あそこにすめたら、リガの病気もあっという間に治るに違いないわ」
それはすばらしい。
ぼくはぼくを優しく修理してくれる彼女に幸運が訪れるよう祈った。
さて、ここまで彼女やドストエフの話を聞いていて、なんとなくわかったことがある。
まず、ここはぼくが住んでいた現代ではありえない。
まあ、巨大な人型兵器がいる時点で当たり前なのだが、彼らの話に出てくる話を総合すると、どうやら既知の領域すべてが雪に覆われているらしいのだ。
もし、ここが未来だとすれば、とてつもないほどの彼方に来てしまったらしい。
「全球凍結」に近い現象が発生しているとなると、数千年などという単位ではありえないだろう。
外気温は地球の単位で常に氷点下二十度ほど。
総合的な技術力が現代以下にまで低下しているアリシャたちには厳しすぎる気候だ。
都市は〝樽〟とよばれるエネルギー発生機構によってどうにか成立し、ほそぼそと食料を生産しているが、人口すべてを賄うには足らず、ときおり〝間引き〟を行なっている。
幸い、ここ半年ほどは間引きがない。
最大の物資である〝巨人〟を次々に鹵獲しているからだ。
僕自身もそうである巨人は、この世界における絶対的兵器だ。
身長は二十メートル前後、体重は数十トン。
バイオテクノロジーとサイバネティクスの塊であり、操縦者との精神感応によって動作する。
人型兵器なんて非効率だ?
ぼくもはじめはそう思っていたが、この世界にはこの世界なりの事情がある。
寒すぎるのだ。
常に猛烈に吹雪いているせいで火薬のたぐいが使用できないし、そもそも機械類はまともに動作しない。つまり、銃、戦車、戦闘機、飛行船、すべてNGだ。
稼働するのは全身に効率よく熱を運び、維持できるものだけ。巨人のような生体ベースの兵器だけなのだ。
もっとも、その巨人の製造技術もロストテクノロジーとなっているようで、このハンガーでも新規製造はなされていない。
もう少し技術が残っているなら、ぼくの脳波を検知してもらえるのだろうけど。
とにかく一刻も早く何か意思疎通の方法を見つけなければ。
正直、頭がおかしくなりそうなのだ。
悪夢はいつまでたっても終わらない。誰でもいい、ぼくのなかにある恐怖と混乱を吐き出さないと、ほんとうにどうにかなってしまう。
ぼくはもう、元の世界に戻れるなら人だって殺せるだろう。
いや、ドストエフに操られてすでに殺してしまったか。
この脳は僕本来のものではありえない。
おそらく脳だけで500キログラムはあるだろう。
そのせいなのか、やたらと頭がよく回る。
ごちゃごちゃ考えていると、アリシャがコクピットのなかに入ってきた。
「へへ、じつはさあ、精神感応のコツを聞いてきたんだよね」
彼女がペロリと舌なめずりをする。
「今日こそあなたを動かしてあげちゃうよ!」