軍団長少女の日常
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ヤズデギルドの朝は朝食から始まった。
彼女は朝起きるとすぐに、執務机で、インドのナンに似た食べ物と、生姜のような香りのする暖かな飲み物を腹に入れる。
同時に、士官たちを執務室に入れ、夜時間の間に起こった事柄を報告させる。
大柄な男女が次々に彼女の前に立ち、簡潔に、彼女が知るべきことを伝える。
小さな双眼鏡を首からぶらさげた男がいう。
「夜時間の行軍距離は987、帝都圏までは残り98533、通信回復まで47589です」
次は、整備士用のつなぎを着た女だ。
「巨人の再生作業は八割がた終了しました。ただし、再生液の原液の在庫が危険水準に入っています」
右腕と右目のない老人がいう。
「斥候からの定時連絡、前方100までは山の民の気配なし」
士官たちは報告しながら、執務机の隣に置かれた椅子に座ってナンを頬張るリガを横目で見た。
そのたびに、ヤズデギルドが「わたしの新しい毒見係だ。妙な気を起こすなよ」と、釘を刺した。
士官たちは拳を耳に当て、判で押したように「失礼いたしました!」と答える。
朝食と報告が終わると、ヤズデギルドは執務室に隣接した小さな風呂に入る。もちろん、リガが先に入り、問題がないことを確認したあとでだ。
その後、ヤズデギルドは柔らかな部屋着から軍服に着替える。身体にピタリとフィットした操縦士の服だ。その上から、分厚いコートを羽織る。
警護兵二名を引き連れての艦内巡回が始まる。
ヤズデギルドが先頭に立ち、リガ、兵士たちの順で、狭い通路を練り歩く。
真っ先に向かったのは、艦の尾部にある倉庫だった。
小さな体育館といった感じの倉庫には、高さ四メートル、直径三メートルほどの円柱形の物体が四つ並んでいた。〝樽〟こと反応炉だ。どれも太い鎖で床や天井とがっちり固定されている。
青みがかった金属が、頭上の電灯の光をあびて、美しく輝いていた。
四つのうち一つは、都市エスドラエロンで爆発の只中にあったはずだが、凹凸の多い表面には汚れも傷もない。
ふいに、ぼくの脳裏に、山肌から露出した〝超構造体〟が浮かんだ。
色艶が似ているような気がしなくもない。
ぼくはリガにいって、近づいてもらおうとしたが、その前に、ヤズデギルドが倉庫を出てしまった。リガはついていかざるをえない。
次に向かったのは機関区だった。
轟音と蒸気の立ち込める機関室では、リガの背丈ほどもあるピストンが、力感あふれる上下運動を繰り返し、シリンダーが激しく回転していた。
油に塗れた半裸の作業員たちが、大汗をかきながら動き回っている。
どうやら、この陸上戦艦は蒸気機関で動いているらしい。
しかし、蒸気を生み出すための熱源は、石炭やガソリンではない。
〝樽〟だ。二機の樽が機関室の中央にでんと構え、接続された釜に熱エネルギーを送り込んでいるようだ。
ヤズデギルドが額の汗を拭いながら、「よし」と頷く。
一行は機関室をあとにすると、一般船員たちが寝泊まりする船室を通り抜けた。船員たちは、よくのりのきいた真っ白なズボン、白い長袖シャツ、丈の短いジャケットを身につけ、ヤズデギルドに敬礼した。ヤズデギルドも敬礼を返す。
ここまで見たものから判断すると、この船には四種類の兵士が乗っているらしい。
巨人のパイロット、その整備士、歩兵、そして船員たちだ。互いに対する態度や船内での扱いからみて、地球の空母同様に、パイロットだけは特別扱いされているように思われた。
船底の通路は狭く、天井も低い。ヤズデギルドとリガは平気だが、二人の警備兵はしょっちゅう頭を打っていた。
ヤズデギルドが汚物の処理をする部屋に顔出すと、中にいた船員たちがたいそう喜んだ。
ヤズデギルドは彼らの肩を叩き、「お前たちがいてこそ、この艦は動かせるのだからな」と労う。
リガが柄杓や桶を手にした船員たちを見て、思念を送ってきた。
〝ヴァミシュラーさん、ここの人たちは何をしているんですか?〟
〝たぶん、堆肥づくりだよ。人間のし尿を草木の食物にするんだ。たぶん、艦内のどこかに畑があるんだよ〟
〝畑?〟
ぼくは埼玉県の朝霞市近辺で見た人参畑のイメージを送った。
〝大地で食べ物を作るのさ〟
リガが衝撃を受けているのが伝わってきた。
彼女は生まれてこの方、氷と雪の土地しか見たことがないのだ。
当然かもしれない。
リガたちは、汚物処理室をあとにすると、急な階段をいくつも登った。
リガの息が切れ始めた頃、てっぺんの部屋につき、視界が明るくなった。
四方に窓がある。どうやら、部屋全体が母艦の上部装甲から突き出ているらしい。
室内には、無線機や伝声管のようなものが所狭しとひしめいていた。それに、ハンドルとブレーキレバーらしきものを握る士官の姿。
一段高いところに座っていた男が敬礼した。
歳は五十ほどか。ひょろりと細長い体型だが、灰色の目には硬質な意思が感じられる。
ヤズデギルドが敬礼を返し、「航行は順調か?艦長」という。
痩せぎすの艦長が頷いた。
「まもなく山岳地帯を抜け、〝海〟に出ます」
「海、か。いけると思うか?」と、ヤズデギルド。
「おそらくは。気温は十分下がっていますし、風もありません。殿下の読み通りです」
「だとよいのだがな。わたしの勘が外れれば、十万人は死ぬだろう」




