巨人はどこへいった?
沈黙が多い食事を終えた後、ヤズデギルドがリガの部屋を案内した。
執務室の奥、食事中にヤズデギルドが指したドアの向こうは階段になっていた。上に向かう階段と下に向かう階段の二つがある。
ヤズデギルドが階段を指しながらいう。
「今日はわたしが上を使う。お前は下を使え。明日は逆だ」
リガは目の前に立つヤズデギルドを見つめた。
超がつくほどの至近距離だ。
細い首が目の前にある。
ヤズデギルドはリガが何もいわないのを誤解したらしい。
「ああ、なぜ部屋を交換するのかわからないのだな? これも暗殺防止だ。わたしがどちらの部屋で寝ているかわからなければ、就寝中の暗殺は難しくなるだろう? 〝毒見係〟はたんに食事を共にするだけではない。常にわたしと行動を同じくし、わたしを取り巻く危険を減らすのだ」
彼女が小さく柔らかな手でリガの肩を叩いた。
「その分、お前の命も危険にさらされるわけだが、わたしは貢献に対する褒賞は忘れない。帝都にたどり着いた暁には、十分なことすると約束しよう」
0.1秒。リガが頭の中でつぶやいた。猶予は0.1秒。
リガが頭の中で、ヤズデギルドを掴んで階段をダイブする絵をはっきり思い描いた。
〝ダメ〟彼女が自分で否定した。〝こんな短い階段じゃ怪我すらしない〟
彼女が膝をつき、首を垂れた。
「殿下、わたしは奴隷の身を殿下のおかげで脱することができたのです。ほかに望むものなどございません」
「大袈裟だな」ヤズデギルドが笑いながら彼女を抱き起した。身体は小さいが、力はかなりのものだ。緑色の大きな瞳がきらきらと輝きながら、リガを見つめる。「さきほどもいったが、そうかしこまるな。ただでさえ部下がわたしにへりくだって困っているのだ。共に生活するお前くらいは、もう少し気楽にしてくれ」
ヤズデギルドはリガを残して、一人で階段をあがった。
「わたしは寝る。もう〝夜〟の11時だからな。明日の朝食は7時だ。それまでには必ず起きてこいよ。分からないことがあれば、表の扉の前に歩哨がいるから、そいつに聞け。では、おやすみ」
階段の上の小さな鉄扉が閉まり、鍵がおりる音がする。
リガはひとり残された。
しばらく室内をうろうろしたあと、思念でぼくにいう。
〝ヴァミシュラーさん、わたしはどうすればよいのでしょうか?〟
〝仇を討つために、君がすべきことは二つだ。ヤズデギルドとの仲を深め決定的なチャンスが来るのを待つ。それから、〝枷〟を外す方法を探すことだ〟
〝ヤズデギルドの意志なしに、外せるんでしょうか?〟
〝わからない。まずは、あの粘土板だらけの執務机を調べるところから始めよう〟
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
リガが〝よいしょ〟と頭の中でつぶやきながら、山積みになった粘土板の一枚目を持ち上げた。
ぼくはその下にあった粘土板を読んだ。
〝十人隊長ランドゥーラ・ハーゲンの軍規違反についての報告書。違反内容、巨人軍の操縦士に対する暴行。処罰内容、営倉入り10日間〟
文末にヤズデギルドのサインがあった。
これで承認したということか。
前々から不思議なのだが、ぼくはこの世界の文字を読むことができる。
やはり、地球人としてのぼくの記憶の他に、この身体の主である巨人の記憶があるのだろうか。
では、その記憶の主はどこにいった?
ぼくが成り代わったことで、消えてしまったのか?
リガが、また〝よいしょ〟と唱える。
今度は二枚まとめて持ち上げている。
リガから伝わってくる感覚からして、重さは二キロくらいか。
粘土版としては軽いのだろうが、紙に比べればとてつもない重さだ。
次の文書の内容は、母艦に残された糧秣の報告だった。
生野菜の不足が深刻らしい。
リガが手を震わせながら、粘土板を置いた。
〝これじゃあ、時間がいくらあっても足りませんよ〟
彼女が椅子にもたれたところで、平坦な声がした。
「お前、そこでなにをしているんだ?」
見れば、ヤズデギルドが階段口から顔をのぞかせているところだった。




