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敵ボス、ヒロインと寝泊まり

鉄のナイフはずっしりと重く、鋭利だ。

ヤズデギルドまでの距離は五メートル。

ぼくはリガがよからぬことを考えているのを感じた。


ヤズデギルドがスープを口に運びながらいう。

「そう心配するな。調理、運搬、配膳、すべての段階でヘブロンの手のものが目を光らせている。そうそう毒など入れられん」


リガは頷きつつ、ナイフを弄んだ。

味は素晴らしいが、やはりどうしても躊躇してしまう。

「殿下の命を狙っているのは誰なのですか?」


「いきなりそれを聞くのか?」

ヤズデギルドが笑った。

「まあ、いいだろう。わたしに死んで欲しいのは、弟たち、そして妹たちだ。我が父、太陽皇帝が皇位継承を見直すと宣言したのでな。兄弟姉妹が互いに命を狙いあっているのだ。おっと、勘違いするなよ。わたしは暗殺などという下衆なやり口に興味はない」


微かに響いていたエンジン音が大きくなり、コップのなかの水がゆらゆらと揺れた。


窓の外は依然山肌しか見えない。


この地上戦艦は狭い谷間を縫うように走行中らしい。


ヤズデギルドがいう。

「親族同士で殺し合うのだ。ある意味、お前たち蛮族よりも蛮族らしいな。愚かなことだろう? 家族ほどたいせつなものなど、この世にないというのに」


リガとぼくの脳裏に、アリシャの姿が過ぎった。


リガの心拍数があがるのを感じる。


リガの頭の中で、アリシャが空に吸い込まれていくシーンが何度も繰り返される。


リガがナイフを握り直した。


ぼくは声をかけた。

〝待て。この距離じゃ無理だ。遠すぎる〟


〝大丈夫、しませんよ。わたしは落ち着いています〟


リガはナイフでゆっくりと肉を切った。


「殿下はご家族を大切に思っていらっしゃるのですね」


ヤズデギルドが水を飲んだ。

「かつては、な。父上が御触れを出したそのとき、わたしの家族は死んだ。いや、食事時だというのに陰鬱な話をしてすまない。今度はお前の話を聞かせてくれ」


「わたくしのようなものに、殿下に話して聞かせるほどのことはございません」


「そう畏まるな。たしかに〝枷〟をつけてはいるが、万一の備えだ。わたしは別にお前たち蛮族を蔑むつもりなどない。たとえ蛮族であっても、帝国の偉大なる文化に触れ、共に生きるなら、帝国の立派な市民となれる」


「市民に? では、なぜ都市を襲ったのですか? いえ、わたしはあなたに救われましたので、責める意図ないのですが」


ヤズデギルドが両手を上げた。

「お前は顔に似合わず、ずいぶん直接的なものいいをするな。まあいい、エスドラエロンを攻めた理由は、それにより百万の帝国市民の命を救うことができるからだ。現在、蛮族であるものたちと、市民であるものを天秤にかければ、いずれに傾くかは議論を待たない」


見た目に合わない言葉遣いをするのは、そっちもいっしょじゃないか。ぼくは思った。ゆったりした白い部屋着を着たヤズデギルドは、年頃の可愛い女の子。とても、虐殺者には見えない。


リガがいう。

「都市を壊すことで市民が救われるのですか?」


「反応炉だ。あれは使いようによってはエスドラエロンの十倍、百倍の都市をもあたためることができる。いま、帝国は凍えているのだ。日々、気温が下がり、全領土を合わせれば、毎月何万という凍死者が出ている。彼らを救うためには、辺境の都市から奪うほかない」


ヤズデギルドがフォークを肉に刺した。


「無論、奪われる側にとっては、我らは極悪非道の敵だ。どの都市でも抵抗は激しい。とくにエスドラエロンでは七機もの巨人を失った。わたしの責任だ。守備隊の隊長を倒した時点でことは済んだと油断してしまった。まさか、あの時点で、まだ腕利きが残っていたとはな」


ヤズデギルドが、静かにリガを見つめる。


リガとぼくの心拍数があがる。


格納庫でモニターしていた〝先生〟が、「急になんだ?」と頭をかいた。


ヤズデギルドがいう。

「さあ、わたしばかり話しているぞ。今度こそお前の番だ」


「そんなことをおっしゃられましても。なぜ、殿下はわたしのような蛮族の女のことを、そう知りたがるのですか?」


「一緒に寝泊まりするもののことをよく知りたいと考えるのは、当然だろう?」


ヤズデギルドが執務室の奥にある扉を指した。


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