この世界のどこかに木がある
少年兵ウルが、分厚い木の扉をノックした。
扉の表面には太陽を意匠化したらしい優美な文様が彫られていた。
「入れ」とヤズデギルドの声が答える。
「失礼します」
ウルがリガを伴って部屋に入った。
中は、軍艦とは思えないほどにひろびろとしていた。
天井からは小さなシャンデリアがぶらさがり、
足元は穏やかな山吹色の絨毯。
白く塗られた木の壁。
窓には人の背丈ほどもある一枚ガラスが嵌め込まれ、外の弱々しい光を可能な限り室内に取り込んでいる。
壁の一面はガラス戸つきの戸棚になっており、本がずらりと並んでいた。
古びているものの木だ。ぼくはいまさらながら気づいた。この部屋には木材がふんだんに使われている。この氷の世界にも木がある、もしくはかつてあったのだ。
ウルがゴツいダイニングテーブルにリガを誘導した。
樫か楡に近い木でできている。年季の入った重々しいテーブルだ。
その端と端に、湯気の立つ料理が並んでいる。
「すまないが、さきに始めてくれ」
声がしたほうを向くと、ヤズデギルドがバカでかい執務机に腰掛けて、粘土板らしきものに埋もれていた。
細く小さな腕で、重そうな粘土板を持ち上げては、鉄筆でサインしている。
ウルが「ここに座って、食べるんだ」という。
リガはぎこちない動きで椅子に座った。
彼女はテーブルで食べるなど初めてなのだ。
テーブルの真ん中には深い皿に入った黄色いスープ、右上の皿に分厚いステーキ、左上の皿にはなんと生野菜らしきものがある。その隣の籠にはジャガイモに似た芋類が入っていた。
手前にはフォーク、ナイフ、スプーンが何本も並んでいる。
リガの視界の端で、ウルが冷笑していた。
所詮は蛮人、食べ方すら分からないのか? といわんばかりだ。
ぼくはリガにいった。
〝いちばん端のスプーンを持って。そう、それ。君がいま視線を落とした、棒の先に丸い金属の板がついているやつだ〟
彼女がスプーンを手にすると、ウルが顔をしかめた。
どうやら、この世界のテーブルマナーは地球のそれと大差ないらしい。
リガが黄色いスープをすくう。
甘い匂いがする。
ぼくにとっては嗅ぎ慣れた匂いだ。
〝これ、なんなんでしょうか?〟と、リガ。
〝たぶん、カボチャの仲間のポタージュだ〟
〝カボチャ?〟
〝こういうやつだよ〟
ぼくはカボチャを頭の中ではっきりと思い描いた。
ごつごつした緑色の皮、カボチャ切りで切るとオレンジ色の中身が現れる。種をかき取って、鍋でじっくり煮ると甘みが引き出される。
そこに牛乳とコンソメを加えてさらに煮込めばポタージュの出来上がりだ。
リガがスプーンを口に運ぶ途中で止めた。
不安はよくわかる。
見慣れない食べ物というだけでもハードルが高いのに、毒の心配もあるのだ。
ぼくはリガを通して、彼女を見つめているウルの視線を感じた。
リガが震える手でスプーンを口に近づける。
食べるしかない。
わかっている。
ここで食事を口にしなければ、即処刑されるかもしれないのだ。
ぼくはいった。
〝すぐに飲み込んじゃいけない。できるだけ舌の上で味わうんだ。ぼくは地球でカボチャを食べたことがある。毒が入っていれば、わずかなりとも味が変わるはずだ。それを感知できるかもしれない〟
リガは小さく頷くと、スプーンを口に入れた。
ぴくりと震え、手で口を押さえる。
ウルがいった。
「ど、毒か!?」
リガが首を横に振る。
口をもぐもぐ動かしながらいう。
「いえ、その、あまりにもおいしかったので」
そう。ポタージュはよくできていた。
カボチャの甘みには深みがあり、アクとりをしっかりしたのか、えぐみが少ない。
ぼくは久方ぶりに、まともな料理を食べたという気がした。
ウルが息を吐いた。
「紛らわしいよ!」
「す、すみません」
「盛り上がっているようだな」
ヤズデギルドがそういって執務机を離れた。
服装は格納庫にいたときのパイロットスーツではなく、白いチュニックと白いパンツだ。シャワーでも浴びたのか、少し湿った赤い髪を後ろでまとめている。
流れるような動きでテーブルにつく。
「ウル、下がってよろしい」と、彼女。「お前も夕食を食べてくるんだ」
「しかし、この蛮族の女は、今日来たばかりですよ? いましばらく、わたしがこちらにいた方がよろしいのでは?」
「忠誠心はありがたいが、わたしが蛮族一人に後れをとると? しかも〝枷〟まであるのだぞ。心配無用だ」
ウルは小さく頭を下げると、部屋から出て行った。
ヤズデギルドが微笑む。
「さて、リガ。ようやく二人きりになれたな。お前とは話したいことが山のようにある」
リガが手の中のナイフを握りしめた。