蛮族に入浴の習慣はないのか?
〝枷〟がリガの後頭部に張り付き、一体化した。
差し込まれた髪の毛よりも細い〝尻尾〟が頭蓋を穿ち、一瞬、鋭い痛みが彼女を襲った。
老将がナイフを取り出し、リガの手首をしばっていた紐を切った。
そのまま、刃先を彼女に突きつける。
「もし、殿下に危害を加えようとするならば、〝枷〟よりも早く、わしがお主を殺す。覚えておけ」
「わたしは恩義を感じこそすれ、ヤズデギルド様を傷つけようなんて気は」
ヤズデギルドが微笑んだ。
相変わらず、人形のように可愛らしい顔立ちだ。
「お前が敵意をもたないことが証明されるなら、誰にとっても幸せな結果となるだろう。我が軍団に、巨人一騎と新しい乗り手が加わるのだからな。帝都に戻れば正規兵になれるよう、軍学校に入れてやることもできる。正規兵となり、五年勤め上げれば蛮族のお前でも帝国市民となれる。
そうそう、言い忘れていたが、〝枷〟は身体の状態を反映するだけではない。白い卵をつけたものがのぞめば、黒い卵をつけたものを即座に殺すこともできる。ゆめゆめ、妙な気はおこさないことだ」
なんだって? 考えただけで、殺せる?
ぼくは憤った。
もし、枷がそんなものだと知っていたなら、リガに指を脱臼させてでもぼくに飛び乗るよう指示したのに。
ヤズデギルドは大人しく枷をつけさせるために、あえて重要な情報を後回しにしたのだ。
そのヤズデギルドが鼻をならし、顔をしかめた。
「しかし、ひどい匂いだな。お前の都市には入浴の習慣がないのか?」
リガが顔を赤くする。
老将が首を振った。
「殿下、湯を沸かすにはたいへんな熱が必要となります。帝都以外で風呂の文化を持つ都市はございませぬ。いや、まあ、反応炉があったわけですから、蛮族とはいえ、上級市民は風呂に入っていたかもしれませんな。ただ、この娘は奴隷以下でしたからなあ」
手すりにもたれていたギレアドが、くっくと笑った。
だいぶ回復してきたらしい。
リガをコケにすると知っていたなら、胃をもうふたひねりほどしてやったものを。
ヤズデギルドが枷を持ってきた兵士にいう。
「この娘を共同浴室へ連れて行け。体を洗わせたら、わたしの部屋に」
老将が顔をしかめる。
ヤズデギルドが笑った。
「そう心配するな。わたしはこの軍団の誰よりも強い。だろう?」
短いので、本日中にもう一本投稿します。