コクピット分解南無阿弥陀仏
パイロットの遺体は綺麗なものだった。
ぱっと見、生きているかと思ったくらいだ。
中年の男性、背は低い。百五十センチほどか。ただし、低身長にありがちなバランスの悪さはなく、なんとなく人間がそのまま縮んだように見えた。
着ているものは、熊の毛皮のようなごつい防寒着だ。日焼けした肌といい、アラスカのイヌイットを思い起こさせる。
彼はプラスチックのような樹脂でできた座席に、ゆったりと身を落ち着けている。左右の肘掛けからそれぞれ突き出た操縦桿を握りしめていた。
唇の端から血が一筋流れていた。
それと、左の胸元が凹んでいる。
どうやら、ぼくが突き刺した刃の先端が、ピンポイントで肋骨を粉砕し、心臓をつぶしたらしい。
ぼくは心の中で南無阿弥陀仏と唱えた。
ドストエフの操縦により、ぼくの手はやさしく遺体を引き摺り出し、雪の上に横たえた。
街の住民が集まってくる。
敵とはいえ、きちんと埋葬するのか。
期待はすぐに裏切られた。
住民は遺体の衣服を剥ぎ取ると、のこぎりを押し当てたのだ。運びやすくしようというのか!
おぞましい光景は見ずに済んだ。
ドストエフがぼくの顔を横たわる巨人の方に戻したからだ。
コクピット内に通信音声が響いた。
「さいきん、熱盗賊の襲撃が多いと思わないか?」
「市長か」
ドストエフが、ぼくの手で巨人の装甲を剥ぎながらいった。
「寒さは年を追うごとに厳しくなっている。もう〝樽〟を持たない都市がやっていける気温じゃない。そうしたところの連中は、他所から熱を奪う以外、生き残る方法がないんだ。だから、なけなしの巨人を投入するんだろう」
「じつは、それだけじゃないんだ」
「もったいぶったいいまわしはやめてくれ」
「すまない。昨日、旅の熱商人に聞いたんだが、ハンバルが壊滅したらしい。ここから三百キロ先にある都市だよ。なんでも、帝国の連中が攻めてきて、樽を回収していったんだとか。それで、あのあたり一帯が不安定になって、盗賊連中がこっちに流れているのだとか」
「ハンバルが? あそこは巨人を十機以上抱えているんだぞ?」
二人の会話を聞く中で見えてきたことがある。
どうやらこの世界は凍りかけているらしい。
激烈な氷河期か何かで、食糧の生産が難しくなり、人々は互いに〝熱〟をもとめて争っているようだ。
熱には、もちろん巨人や人間も含まれる。
彼らにとっては、人を食べることは生存のためにいたってふつうのことなのだ。
とはいえ、ぼくにとっては厳しい価値観、怖気を振るう考え方だ。
ドストエフによる〝解体作業〟が終わったとき、ぼくは精神的に疲弊しきっていた。
ドストエフは「機体反応が悪いな」と首を傾げながら、ぼくをハンガーに導いた。
いつものプールにぼくの身体をつからせてから、アリシャに「調整しておけ!」と、怒鳴った。