表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/172

記憶の奔流、なにもかも終わり

ヤズデギルドが操縦桿を放そうとしたときだった。


ぼくの気が緩んだ。


精神的な疲労が限界にきたのだ。

心の表層を閉し、リガとの接続だけに意識を向けて、割り込みを防いでいたのに、最後の最後で、ヤズデギルドとぼくの脳が〝つながった〟。


ぼくの中に、彼女の記憶と感情が流れ込んでくる。

ごちゃごちゃにもつれあった針金の塊のような、とりとめのない情景。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


髪を剃り上げた美しい顔立ちの男が、幼児の彼女を抱き上げている。

「おお! わずか三歳で巨人との適性を見せるとは。この子には太陽王の血が色濃く流れておるぞ!」

男が身につけているのは、腰巻だけ。

室内全体に強力な暖房がかけられているらしい。

上半身には、青い刺青で不思議な紋様が描かれている。


老将、いや、さきほど現実世界で見たときよりも幾分若く、髭も薄いーーが、「はっはっは!ヤズデギルド様は身体も頑健、頭脳も明晰。陛下は最高の跡取りを得ましたな!」と笑う。


坊主のような男がヤズデギルドを分厚い絨毯に下ろす。

「どうだ? 近いうちにケモシュにのせてみないか?」


老将がまた笑う。

「陛下、それは気が早すぎますぞ。ケモシュは皇帝のみが操れる機体。だいいち、先日の戦いの傷が未再生ではありませぬか。頭部ゆえ、しばらくかかりますぞ?」


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


場面が変わる。


幾万の人々の万歳!万歳!という声に、部屋のなかに置かれた水盤の水が揺れている。


さきほどの坊主頭の皇帝が、バルコニーに立ち、民衆に向かって赤ん坊を掲げている。


ヤズデギルドが部屋の中で、老将のマントの裾を握った。当時の彼女は七歳ほどか。

「じい。なぜ、わたしはここにいる? なぜ父上の隣でないのだ?」


「それは、その、今日は正当なる後継者のお披露目ですゆえ」


「わたしは、もう父上の後継ではないのか?」


「そのようなことは決して。ただ、弟君様の母上の方が、序列が高いため、弟君さまの継承権が上に来るのです」


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


また別の場面。


「わたしの、婚約者、ですか?」


彼女の母、薄手のドレスでグラマラスな身体を包んだ美魔女がいう。

「その通りです。ファルサイラ家の長男よ。まだ九歳ながら麒麟児として名を馳せているとか」


「母上、わたしは父上の後継者となるべく、努力を重ねているのです。結婚などごめん被ります」


「後継者?あなたが?」母親が笑った。「そんな男言葉を使って戦場に出ても、継承権が上にあがるとでも? 無意味なことはおやめなさい。母となり子を産むのです。あなたとファルサイラの子は、序列が高い。いずれ、その子の血統から皇帝が出る可能性もあるのですよ?」


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


老将がヤズデギルドの両肩を掴んだ。

「殿下の努力が実を結んだのですぞ!」


「まさか。そんなことがあるのか? 我ら公子の継承権はすべて横一線だと?」


二人がいるのは、どこかの格納庫だ。赤い巨人の磨き上げられた装甲に、ヤズデギルドの姿が写っている。歳はいまとほぼ変わらない。


「わたくしが思うに、やはりあの馬鹿者とて、いや失礼。陛下とて、心のどこかで殿下を後継になさりたかったのです。そうでなければ、いくら周辺諸侯の圧力があったとて、このようなおふれは出しますまい。陛下はおっしゃられました。民のためにもっとも尽くしたものを選ぶと」と、老将。


ヤズデギルドは頷いた。

「わたしは常に民のために戦っている」


「その通りですな。つまり、殿下は殿下のままあればよいのです!」

老将がワハハ!と笑った。

「しかし、これからはいっそう暗殺に気をつけなければなりませんなあ。弟君、妹君にとって、殿下はたいへんな脅威となりましたからなあ」


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


ヤズデギルドは朱色の機体を駆り、崩れ落ちた都市を進んでいる。リガやぼくがいたところではない。どこか、また別の巨大都市だ。


巨人の足元には、奇妙に焦げ、ねじれた人の遺体が山のように転がっていた。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


ぼくは大慌てでヤズデギルドとのリンクを遮断した。

半ばパニックになりながら、強引に両の手を操縦桿から離させたのだ。


そして、自分がなしたことに驚いた。


ヤズデギルドの体を操ったのだ。

一瞬とはいえ、人間が巨人にそうするように、人間を操ってみせた。


ヤズデギルドは怪訝な顔をして両の手を見ている。


ぼくは祈った。


もし、ぼくが彼女の記憶を垣間見たように、彼女もぼくの記憶を見ていたら、なにもかも終わりだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一気に読んでしまった… 続きが気になって夜しか寝れません 憎い仇が、人間としては好ましい人物だった、 とかありますよね さて、姫さまの運命や如何に
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ