立て!我が巨人よ!
ぼくの操縦席のなか、〝先生〟が、ぼくの操縦桿を握った。
「行くぞ!」と叫ぶ。
もちろん、ぼくは動かない。
先生には操縦者としての適性がないのだ。
先生が鼻で、ふっ、と笑いながら、筋骨隆々とした腕でメガネのずれを直した。
「おかしいな。〝なにか〟を感じた気がしたのだが」
たしかに、ごくわずかな精神感応は行われた。
先生は気づいていないが、彼の背後のボックスのなかでは、生体式の精神逆流防止装置が壊れたままになっている。
巨人の再生力で、表面上の形こそ戻っているが、中身はまだまだだ。
この装置は操縦者と巨人の精神交流を制限するものなので、壊れているいまなら、精神感応の素養がないものでも、ぼくの心と触れ合える。
ごくごくわずか、だが。
先生はもう一度操縦桿を握り直すと
「立て!我が巨人よ!」と小さく叫んだ。
ぼくは彼の行動にアリシャを思い出した。
彼女もぼくに初めて乗ったとき、操縦桿を握って動かそうとしていた。
これは、巨人の整備士に共通する行動なのだろうか。
そして、先生はアリシャに比べると少し間が抜けていた。コクピットハッチが開きっぱなしだったのだ。
そのせいで、再生プールのへりに立つ、ヤズデギルド、老将、若い騎士、リガから、彼の行動が丸見えだった。
ヤズデギルドがいう。
「お前は何をしているのだ?」
先生が飛び跳ねるようにして、コクピットから這い出した。ぼくの胸部装甲の上に立つ。
「こ、これは。殿下!」
もちろん、ぼくは四人の接近を知っていた。ぼくにはリガとの間のテレパシー回路がある。ぼくは彼女の視覚を通して、彼らが艦尾の営倉から、この船体中央部の格納庫に向かっている様子をあまさず見ていた。もし、できるものなら、先生に警告してやったかもしれない。
先生が片膝をついた。
「いかがされましたか、殿下?」
ヤズデギルドが小さく笑った。
整った顔だけに、微笑むとおそろしいほどに可愛い。
「いかがされましたかは、わたしのセリフだがな」
老将が笑いを誤魔化すかのように咳払いした。
「この機体が動かなくなった原因がわかったゆえ、伝えに来たのだ。こいつは熱切れを起こしておる」
「ああ、それなら把握しております」先生が、手でぼくの腹部の装甲をなでる。「巨人が行動不能になったなら、まず熱切れを疑うものです」
その通りだ。彼はさきほど一通りぼくを検分すると、迷うことなくぼくの腹部に天井から下がるパイプの一本をくっつけた。
彼が合図すると、格納庫の天井からぶらさがる通路の上で、助手がなんらかの装置のハンドルを回した。
しばらくすると、液体のようなものがぼくの腹部に流れ込んできた。ぼくの身体はだんだんと熱くなり、充足感に満たされた。砂漠を旅する飢えた男が、オアシスの水に浸かり、ヤシの実の甘い果汁をたらふく飲んだなら、いまのぼくのような心持ちになるだろうか。
ぼくの細胞のひとつひとつにまで〝熱〟がこもっていた。
ヤズデギルドがいう。
「つまり、もう動かせるのだな?」
先生が眉を寄せた。
「動かせはしますが、この機体には再生処理が必要です。ご覧の通り、こいつは複数の機体の寄せ集め、手足がくっついているだけでも奇跡のような代物です」
老将がため息をついた。
「なんじゃ、それでは運用などできんではないか」
「いえ、そこは問題ないでしょう」先生がぼくの装甲をぽんぽんと叩いた。「さきほど、頭部と胴体の装甲を軽く外してみたのですが、装甲が大きく凹んでいるような場所でも、中身の損傷は少なかった。こいつには、奇跡のような再生力があるのです。前の整備士がよほどうまく管理していたんでしょうなあ。
あと、問題なのは後付けされた手足だけです。しかし、再生処理を幾度か繰り返せば、いずれは胴体の再生力が手足にも宿り、一人前の機体になるでしょう」
ヤズデギルドがうなずいた。
「朗報だ。では、さっそく操縦士を乗せてみるとするか」
先生が不満げに顔をしかめる。
ヤズデギルドが笑った。
「大丈夫だ。そう心配する必要はない。操縦士が機体を操れることを確認するだけだ。終わればすぐに下ろす。では、ギレアド」
若い騎士が自分を指さした。
「は? 俺ですか?」