巨大文明の全リソースをかけて
ぼくの会社のロゴを、この未来世界に生きるリガが見たことがある?
まさか。
〝きっと、この世界にも似たような図案があるんだろう。人間の作るものは場所や時代が違えど似通ってくるものさ〟
〝そうなんですか?〟
〝ああ。たとえば帝国の巨人が雪を取り除くために使っていた道具がある。君も見たかな? 棒の先に鉄の板をつけたものだ。あれは、ぼくの世界のスコップという道具にそっくりだ。巨人の装甲は、ぼくの世界の騎士や武者といったもののそれによく似てるし、この母艦とやらの足回りもキャタピラそのままだ。
この世界がいつのどこかはわからないけど、君たちがぼくと同じ人間であることは疑いがないよ〟
しかし、人の外見の問題はひっかかる。
リガたちは、ぼくが知る地球の人間そのものだ。
超構造体が山体から露出したとなると、このダイソン球は建設からとてつもない時間が経っている。
この世界にはプレート活動がないから、地震もない。岩を削り取ったのは氷河だろう。氷河は形成されるだけでも数万年は必要だ。それが、動き、岩を磨耗させていくのに、さらに数万年から数十万年。十万年単位の話なのだ。
それだけ経っていれば、人の形質が変化しないはずがない。
極寒の気候に合わせて、著しく毛深くなったり、目の色が濃くなったりすべきだ。
なのに、リガの外見は地球の白人種そのものだった。
一方、言語の方は時間の経過に応じてなのか、めちゃくちゃに変化している。巨人の脳にこの世界の言語が刻み込まれていたおかげで理解できるが、ぼくの知っているどの言語ともかけ離れている。
正直、わけがわからない。
ぼくは脳のごく一部を使ってリガに地球の話を聞かせながら、別の一部でこの世界のことを考え続けた。
だいたい、なんでダイソン球なんだ?
そこがどうしてもピンとこない!
宇宙には無限に近い数の星がある。
ダイソン球を作るほどの超科学力があるなら、人間の生存に適した星を探し、植民した方が手っ取り早い。
なのに、なぜ、莫大な費用をかけて資源をかき集め、こんなものを作ったのか。
なにせ地球数億個分の生存空間だ。
仮にここを作ったのが一つの銀河全体を支配するような巨大文明だったとしても、建設には彼らの全リソースを割かねばならなかったろう。
そこまでして出来上がったのが、気候の設定を完全に間違えた世界だって?
それとも何かの手違いで、中心に位置する恒星の温度がいきなり冷えたとでもいうのか。
ぼくの思索を、リガの耳が捉えた音が打ち破った。
リガがいう。
〝だれか来ます〟
営倉の外からコツコツと足音が聞こえる。
二人、いや、三人か。
扉の鍵が回った。
男の声が「出ろ」という。
〝ヴァミシュラーさん〟と、リガ。
ぼくは同意の念を送った。
いまは従うしかない。
駆けつけてやりたいが、リガが乗っていなければ、ぼくは指一本動かせない。
格納庫では、さきほどから、〝先生〟が「脳は。脳はどうなんだ?」とつぶやきながら、ぼくの頭部装甲を外そうとしているのだが、抗議の声をあげることもできないのだ。
リガがゆっくりと通路に出る。
三人の人間が彼女を見つめていた。
中心にいるのは通路の天井に頭が届きそうなほどの偉丈夫だ。身長は二メートル二十センチ、体重百八十キロというところか。紅の装甲服を着込み、赤いマントを垂らしている。初老の白人種男性で、ビスマルクのような白い髭を生やしている。
その右にいるのは、これまた大男だ。マントこそないが、やはり紅の装甲服姿だ。年齢は二十台前半。映画スターのように整った顔立ちで、黒い髪を丁寧にオールバックになでつけている。
左は、小柄な少女だった。歳はリガと同じくらいか。身体にピッタリした服に、分厚いコート。コートの胸には太陽のマークが入っている。意志の強そうなハッキリした目鼻立ちをしている。後ろにまとめた髪は燃えるように赤い。
少女が一歩前に出た。
穏やかながら冷徹な声でいう。
「本軍団の司令官、ミルフラン・ヤズデギルド・フルバラーズだ。貴様は何者だ? 答えよ」