見ることと想像することは、脳の同じ部位の働き
ぼくとリガは引き離されたが、例によって、ぼくたちは精神感応で互いの五感や、表層的な思考を共有できる。
リガが船内に続く階段を登ると、先には狭苦しい通路があった。足元は金属の格子で、その下には太いパイプが通っている。
パイプの継ぎ目からはうっすらと白い蒸気が漏れ出していた。
「行け」と背後からこづかれて、リガは船尾方向に歩を進めた。ぼくがいるのとは、真逆の方向だ。
通路の片側の壁には一定間隔で分厚いガラスのはまった丸窓がついており、そこから外の光が入っている。
男たちの一団が正面からやってくる。
みな、ポケットが大量についた服を着て、工具箱のようなものを肩から下げている。
工作兵だろうか。
先頭の男が「急げ!出発までに第二エンジンの調整を終えるんだ。手順書十二番だ」というと、後ろの男たちが「おう!」と答えた。
リガの背後についていた兵士が、彼女の肩をつかみ、壁際に押しつけた。
彼女のわきを、工作兵たちが駆け抜ける。
通路の幅は、大人二人がどうにかすれ違えるくらいしかないのだ。
工作兵の一人が「おっ」といってリガに目を止めたが、その後ろの工作兵が「バカ!ほっとけ。蛮人とはいえ女に手を出したら、また団長にどやされるぞ」と頭を叩いた。
工作兵たちが過ぎ去ると、背後の歩兵が彼女を押した。
「さっさと行った行った」
五十メートルほど進むと、通路は左に折れた。
窓からの光が届かなくなるが、代わりに天井で電灯が点いていた。
この世界に来て、はじめての電灯だ。
白熱式電灯の一種らしい。じじじと、死にかけた蝉のような音を奏でている。
リガが頭の中で〝お日様がくっついてます〟といった。
ぼくは格納庫の中、マッチョメガネに操縦席のなかを覗かれながら答えた。
〝それは太陽じゃない。電気だ。電気の光だよ〟
〝電気?〟
〝嵐の夜、雷が空で光るだろう? あの雷の力だ〟
リガがぶるりと身を震わせた。
〝帝国は雷をこんな小さなガラス玉のなかに閉じ込めておけるんですか?〟
いや、雷そのものではないのだが、言葉だけで正確に伝える方法がわからない。
そう考えて、いまさらながらに気づいた。
ぼくとリガは、いま、視覚を共有している。
視覚を共有しているということは、脳の視覚を司る部位のニューロンの電気反応を共有しているということだ。
そして、脳の視覚を司る部位は、人がものをイメージするときに使用する部位でもある。「見る」と「想像する」は基本的には同じ脳の働きで、「想像する」は見るに比べると、ニューロンの活動が鈍いだけなのだ。その鈍さが、想像する際の、あの曖昧な感じをもたらす。
ぼくたちは「見る」を共有しているのだから、「想像する」の共有ができないはずがない。
いま、できないのは、おそらく精神の一体化の強度が弱いだけの話だろうーー。
電気の説明、電気の説明、電気の説明、ぼくは強く強く考えた。ポンと出てきたのは左手のイメージだ。親指、人差し指が別々の方向を向いた、「フレミングの法則」の図。
イメージは見事にリガに伝わった。
彼女はいきなり放り込まれた意味不明な映像に驚き、足をもつれさせた。
後ろの兵士が彼女を睨む。
「しっかり歩け!」
リガが思念でいう。
〝なんですか? いまの?〟
〝いや、ごめん。なんでもない〟
彼女がぼくの外に出ている時に、イメージを伝えるのは相当な難問だ。
訓練が必要だろう。
その時間が取れるかどうかは、この先の展開次第だが。
通路は曲がり、登り、降り、枝分かれを繰り返し、最終的に船体最後部の船底らしき位置がゴールとなった。