少女は奴隷だった(うそ)
ぼくとリガは都市での一体化以降、彼女が操縦桿を握っていなくとも、互いの視覚や聴覚、表層的な感情を共有している。
しっかりと意識を向ければ、ぼくはリガの見ているものを見られるし、彼女が聞く音を聞ける。
いま、リガは、まさに見上げるような巨人を見上げていた。
帝国の白い巨人は、ぼくのなかから出てきた、この弱々しい少女に、重さ数トンはありそうな槍を突きつけている。槍の先端には山の民の血がこびりついていた。
巨人の胸元に付けられた外部スピーカーが、大声でいう。
「お前は、なにものだ?」
だ? だ? だ? と、やまびこがこだまする。
さきほどの、周囲の山すべてが雪崩れていなければ、雪崩が発生していたのでは?と思えるほどの音量だ。
リガがまっすぐに巨人の顔を見つめる。
「わたしは、あなたたちに拾ってもらいにきました」
「どういう意味だ?」と、大音量の声。
ぼくは思念で伝えた。
〝奴隷だったのを、助けてもらった〟
「わたしは、奴隷だったのをあなたたちに助けてもらったんです」
〝助けてもらった、だなんて〟リガが強く考えながら唇を噛む。
ぼくは思念でいった。
〝いまは、君が生き延びることが先決だ。時期を待つんだ〟
ヤズデギルドの赤い巨人が、ずしずしと地響きを立てて近づいてくる。
ぼくは、ヤズデギルドが部下に送った念波を拾った。
「よくわからん子供だな。問答の時間が惜しい。ひとまず営倉に入れておけ。尋問して怪しければ放り出せばいい」
「は」と、パイロット。
ヤズデギルドの機体がさらに近づく。
「しかし、この巨人、ずいぶんと奇妙だな。頭と胴体、左足は太陽王様式、左腕はラダー蛮族様式、右手と右足は放浪シュレーン様式か」
「我々のパーツ取りに使えるのは、太陽王様式の部分だけですね。ここで解体しますか?」
「いや、異様ではあるが、調整し、装甲を付け直せば、我が軍でも運用できるだろう。解体の時間も惜しい。すでに帰還予定日を七日も過ぎている。我々は一刻も早く帝都に戻らねばならんのだ。貴様もこいつを格納庫に積んだら、母艦の除雪作業に回れ」
「は!」
「こいつの調整は、そうだな。トラーデンに回すんだ」
「〝先生〟ですか? たしかに先生の持ち受けの機体は人肉食いの街から戻らなかったので、手は空いてますがね」
「ほかの整備士に、こいつを調整するのは無理だ。みな、帝国式に染まりすぎているからな。さあ、早く行け」
ぼくは、目の前の巨人に両腕を掴まれ、雪の上をずるずると運ばれていった。
ヤズデギルドの機体がリガを見下ろしている。
リガは心細さを感じながら、小さな身体で胸を張り、まっすぐに見つめ返していた。
そこに、白い装甲服を着た二人の歩兵が駆けつけてきた。
どうやら、ヤズデギルドが無線で呼び出したらしい。
歩兵の一人がリガの細い腕を乱暴に掴み、母艦へとひったてていく。
ぼく本体は仰向けに引きずられているので空しか見えないが、ぼくはリガの目を通して、母艦を真横から見ることができた。
崖の上から巨人の目で見た時も大きいと感じたが、人間であるリガの視点だと、まるで巨人の城だ。いや、じっさいに巨人の城なのだけどーー。
底部についたキャタピラの高さ、小さな家ほどもある。履帯を回す車輪のひとつひとつは、いつか新橋駅でみた蒸気機関車のそれにも似ているが、サイズがまるで違う。古そうな部品と綺麗な部品が入り混じっていることからして、補修を重ねながら運用されているのだろう。
そのキャタピラの上に、五、六階建てのビルほどもある箱がのっている。表面は白い塗料が塗られているが、ところどころ剥がれ落ち、地の灰色の金属がのぞいていた。錆の感じからすると鉄の合金だろうか。
左右の幅は小学校のグラウンド二つ分くらい。右端のほうに、煙突らしきものが何本か突き出し、白い蒸気をもくもくとあげていた。
復讐に燃えたつリガも、さすがに圧倒され、立ち尽くしていた。
兵士が槍の石突でリガをこづいた。
「さっさと進め、熱がもったいない」
ちょうどリガの前方で、母艦の装甲の一部が開き、手すりのついた階段が降りていた。
〝ヴァミシュラーさん〟と、リガ。
ぼくの方はといえば、大きく開いた巨人用の入り口から、ずるずると引き摺り込まれるところだった。
〝気をしっかり持つんだ〟と彼女に念を送る。〝話を聞く限り、こいつらにとっても巨人は貴重なものだ。そこに糸口があるはずだ〟