太陽のカケラと常温核融合
リガは、ぼくの指示に従って念波で答えた。
「巨人さんのお腹が空いていて、力が出ないんです。仰向けになれないから、外に出られません」
帝国の巨人の乗り手たちが念波でざわつくのが感じられた。
「いまの口調、女か?」
「しかも、子供みたいだったぞ?〝巨人さん〟だと」
ヤズデギルドがいう。
「ポティファル、シケム、ガト、槍を構えろ。センデバ、その巨人を起こせ。ほかは各々の作業を続けろ」
顔を横に向けて倒れたぼくの目に、休めていた手を動かし始める巨人たちが映った。
母艦前方の雪かきにあたる四機は、スコップにしか見えない道具を使って、ものすごい勢いで雪をかいている。スコップのふちはかなり鋭利だ。戦闘時は斧の代わりとして使用するのだろうか。
母艦の足回りの雪を掘り起こしているのは三機、こちらは道具はつかわず、両の手で丁寧に掘り起こしている。ぼくほど精妙な動きはできないからか、キャタピラ近くになると巨人は手を止め、母艦の上部から出てきた兵士たちが、人間用の小さなスコップで、せっせと雪を取り除く。
二機の巨人が、例の醸造タンクを挟んで向かい合った。
ともに腰を下ろし、「せーの」と、念波で掛け声をかけてから持ち上げる。
「相変わらずクソ重てえ」と、片方がつぶやく。「いったい中身は何なんだよ。何が入っていたら、こここまで重くなるんだ?」
「物を知らんやつだな。この中には〝太陽のカケラ〟が入っているんだ」
「太陽のカケラぁ? そんなもんが入っていたら、燃えちまうだろうが」
「この樽だ」巨人の片方が、コンコンと醸造タンク、いや、〝樽〟を叩いた。「こいつにはお天道様も敵わない。おかげで、俺たちは太陽の作る熱だけをいただけるという寸法だ」
ぼくは頭の隅で思った。
〝太陽のカケラ〟、核融合型の発電システムということだろうか。となると、彼らが雑に扱っているあれは、一種の原子炉なのか?
ぼくの隣に立っていた巨人がぼくをひっくり返し、〝樽〟が視界から消えた。
ぼくは仰向けになる。
目に入るのは、灰色の空と山々の峰々だけだ。
雲は低いところで渦を巻いている。
さきほどの爆発と雪崩のせいだろうか、崖のところどころで、氷と雪が完全に剥がれ落ち、山肌が剥き出しになっていた。
山肌のほとんどは黒い岩の色をしていたが、一部は金属質の青白い光沢を放っている。
超物質、超構造体、時間外物質、そんな単語が頭をよぎる。
人間だったころに見た科学番組によれば、ダイソン球は、構造上、恒星を取り囲む〝殻〟に天文学的な負荷がかかる。そのため、建造にあたっては絶対に壊れない〝超構造体〟が必要になる。
ダイソン球の建設者は、超構造体を内向きに凹ませたり、外向きに凹ませたりして、山や川といった巨大な地形を作る。
これは、ダイソン球内に、プレート運動が存在しないゆえの処置だ。地球のような造山運動が起こらないので、土を盛って山を作ったとしても、数万年、数十万年、数千万年の時が流れれば、風化作用で真っ平らな地形になってしまう。だから、高山などの土台は超構造体そのものを加工して作ってしまうのだ。
しかし、さきほどの衝撃波程度で、表面に残っていた岩がすべて剥がれてしまうとは。
それに、多少は科学技術を保持しているはずの帝国ですら、核融合発電システムに対する知見が失われ、御伽噺のように〝太陽のカケラ〟などと称している。
どうやら、このダイソン球世界は、ぼくが思っていたよりもずっと昔に作られたらしい。
「はやく出ろ」と、直上の巨人のパイロットがいう。
リガが手と操縦桿をしばっていた紐を外し、ハッチの開閉装置を操作した。
ぷしゅっと音がして内部の空気が外に抜け、かわりに冷たい外気が入ってくる。
「それじゃあ、行ってきます」
そういって彼女は外に出た。