毛皮巨人とレミングス人間
ぼくの眼下、約千メートル、母艦を取り囲む人間の兵士たちが、槍や剣を手につっこんでいく。
この距離だと、まるでネズミだ。
じっさい衣服がなんらかの毛皮なので、遠目にはほんとうに野生動物の群れのように見える。
そして、帝国の巨人たちは人間そのもの。彼らは箒で掃除するように、槍をつかって人間たちを〝掃いた〟。
穂先が赤く染まる。
槍をかいくぐった人間は、必死で巨人の足にしがみつく。巨人が足を振ると、つかまっていた人はすっとんでいった。だが、すぐに別の人間がまた足に張り付き、必死で這い上がっていく。巨人は槍を放り出すと、手で払い落とした。落とされた人間は頭から雪につっこみ、ぴくりとも動かない。
人間たちは殺されても殺されても、次々と巨人に這い上っていく。巨人の側も必死だ。どうやら、人間はコクピットを狙っているらしい。
谷間に激しい金属音がこだまする。
巨人同士の激突だ。
黒い毛皮をまとった民族色豊かな巨人が、岩の斧を振るって帝国の巨人に打ち掛かっている。
帝国の巨人はレイピアのような鋭い剣で、敵の胸元をついたが、分厚い装甲にあっさり跳ね返された。
黒い巨人が雪けむりをたちあげて突進する。
どうみても、足元で味方を踏み潰しているが、気にもとめない。
帝国の巨人は、体重の乗った斧の一撃を、剣の鍔元でどうにか防いだが、そのまま後退し、岩壁に叩きつけられた。
ドオン、と凄まじい音がひびき、岩と氷のかけらが二機の巨人に降り注ぐ。
母艦から百メートルほど上にある岩棚から、人の群れが顔をのぞかせた。
彼らは雪庇の上で飛び跳ね、雪庇に亀裂が入ると、おおあわてで岩壁に張り付いた。
雪庇が崩壊する。
壁際に退避するのが間に合わなかった人間もいっしょに巻き込まれ、雪崩となって落ちていく。
雪崩は小規模なものに終わったが、母艦の足回りを覆ってしまった。母艦の煙突が蒸気を吹き上げるが前にも後ろにも進まない。
見れば、谷間の母艦の前後は同じような雪崩による雪塊で埋められていた。
母艦はもう逃げられない。
原住民が、わっと沸いた。
帝国巨人の一機が雪原に倒れたのだ。
巨人はごろごろ転がって、まとわりつく原住民を払い落とすと、どうにか立ち上がった。
雪の上に赤いシミが残っている。
原住民たちは、すでに数百人が亡くなっているが、気にする様子もなく、帝国軍に襲いかかる。
蒸気が抜ける音とともに、母艦の壁面の一角が開いた。
車のバックハッチのように上に向かって持ち上がる。
雪の上に、赤い機体がゆっくりと降り立った。
ヤズデギルドだ。
ぼくのコクピットのなか、リガが歯を食いしばる。
ヤズデギルドが念波通信でいった。
「山の民よ。無為に命を捨てるのはやめろ。大人しく通せ」
山の民、の巨人が、同じように念波で答える。
「通して欲しければ、〝樽〟を置いていけ。そいつがあれば、俺たちは未来永劫熱を得られる。樽のためなら、俺たちは最後の一人まで命をかける」
「分不相応な望みだな」
ヤズデギルドの機体が手を振ると、二体の巨人が母艦の中から出てきた。酒蔵の醸造タンクのようなものを担いでいる。材質はなんなのか。金属のようにも見えるし、セラミックのようにも見える。うっすらと青く、傷一つない表面は微かに輝いている。
二体はえっちらおっちらと、醸造タンクを谷間の中心部まで運んだ。巨人がこれほど運搬に苦労するとは。よほどの重量だ。運んでいる巨人たちの両足が膝まで雪にめり込んでいる。
山の民も巨人たちも、互いへの攻撃をやめて醸造タンクを見守っている。
崖の上の人々も、おそるおそる下を覗き込んでいた。
二体の巨人は醸造タンクを雪の上におろすと、すばやく距離をとった。
母艦のハッチが音を立てて閉じる。
「善戦したお前たちへのたむけだ。偉大なる力に触れて逝くがいい」と、ヤズデギルド。
帝国巨人すべてが地面に伏せ、身体を丸めた。
次の瞬間、醸造タンクが衝撃波を放った。
都市を壊滅させたのと同じ破壊の波が球形に広がっていく。
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正直、この作品はSFアクションというマイナージャンルなうえに、非テンプレ展開ですため、書籍化はまず難しいかと思います。
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