果てしない旅へ
超流動体の波が迫ってくる。
捕まれば、さきほどの帝国の巨人と同じように、たちどころに骨の髄まで凍りつき、粉々に砕け散ることになるだろう。
ぼくは握っていた大刀を構えると、丹田に力を込めて、すくいあげるように雪原を切りつけた。
衝撃波と共に雪が炸裂する。
巨大な砲弾が着弾したかのようだ。
衝撃波はぼくを中心に広がり、流動体にぶつかった。
流動体はほんの一瞬停止したように見えたが、そのまま一挙にぼくを呑み込んだ。
リガの肉体が悲鳴をあげる。
ぼくも「死んだ」と思った。
が、生きている。
ぼくは凍りついていない。
超流動体の恐ろしさは、分子レベルの穴があれば、どのような障壁もやすやすと通り抜けてしまう点にある。巨人がいかに優れた防寒装備を身につけていようが関係ない、分子レベルの穴から侵入した超流動体に、熱を奪い取られるのだ。
しかし、ぼくに直撃したとき、超流動体は〝ただのマイナス200度ほどの液体酸素混じりの流動体〟に変わっていた。ただの流動体は、分子レベルの穴は通れない。あとは、ぼくの何重にも重なった人工皮膚が、冷気が身体の奥深くに入り込むのを完璧に防ぎ切った。
〝ただの流動体〟は急速に動きを鈍らせた。
摩擦係数が働きを取り戻したのだ。
みるまに凍りついていく。
ぼくは片足ずつ引き抜くと、硬い雪原に立った。
もしぼくに汗をかく機能があったなら、滝のように流れ出していたろう。
あぶなかった。
本当にあぶなかった。
半ば寝ながらでも大学の講義は聞いておくものだ。
あのとき、初老の担当教授は液体化したヘリウム4を注いだタライのなかに、ビーカー一杯の湯を注ぎ、それから自分の手をつっこんだ。
女子学生が悲鳴をあげたが、教授がすばやく引き抜いて手は無事だった。
教授はこういっていた。
「超流動体は熱に弱いんですよ。ほんのわずかでも熱が加わると、超流動体を成り立たせる絶妙のバランスが崩れ、たちまちただの流動体に戻ってしまうのです」
ぼくは彼を信じ、衝撃波をぶつけた。
わずかな熱と振動が、超流動体をただの流動体に戻したのだ。
ぼくは、数妙のあいだ、雪原に立ち尽くした。
都市はもう随分と離れている。
吹雪の中、うっすらと城壁の影が見えるだけだ。
空は相変わらず暗く、寂しげな唸りをあげているが、超極低温の嵐はおさまりつつあるらしい。
〝ぼくたち〟は都市に背を向けた。
反応炉の爆発だけなら、生き延びた人間もいたかもしれない。
だが、いまの超流動体は都市の中から溢れ出てきた。
都市内は、一瞬とはいえ超流動体に満たされたのだ。
助かる人間などいるはずがない。
ぼくたちは、どこまでも続く雪原を進み始めた。
あしもとには、凸凹した文様のようなものが、四本並行で、まっすぐ伸びている。
見た瞬間、すぐにわかった。
帝国の〝母艦〟の足跡だ。
さきほど粉々になった帝国巨人は、母艦を目指していたのだ。
〝母艦〟とぼくたちはどれくらい離れているだろう。
〝母艦〟は、どれほどの速度で移動できるのか。
全力で追い続けても、追いつかないかもしれない。
途中でリガが飢え死にする可能性もある。
だが、復讐心が、ぼくたちを突き動かしていた。
絶対に追いついてみせる。
そして、あのヤズデギルドとかいう団長から、ケジメとして命を取り立てるのだ。
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