超極低温(空気中の酸素が凍結)
「ま、まったまった!降伏だ。降伏する!」
サリューの機体が城壁に張り付き、また両手をあげた。
「今度は本当だ!出る!すぐに操縦席から出る!謝る!すまなかった!オレが悪かった」
「あなたは」と、ぼくたち。
「わかっている!オレが悪人だということはわかっている。でもな、命令だったんだ。聖なる反応炉を蛮族から取り戻せといわれたら、従うしかないだろう? それに、家族。オレには帝都に家族がいるんだ。子供が六人もいる! 熱量の割り当ては少ない。あいつらの腹を満たしてやるには、小金を稼ぐしかなかったんだ。信じてくれ。やりたくて、こんなことをしているわけじゃない!」
ぼくは、この相手には絶対に油断できない。と思った。
しかし、リガは根が優しいからか、ほんの一瞬だが、本気で謝っているのかもしれない。と考えた。
ぼくたちの思考のズレが、わずかにぼくの身体をこわばらせた。
帝国の戦士たちは、その隙を逃さなかった。
曹長の機体と、ぼくが槍で腹を貫いた二機が背後からぼくに踊りかかった。
ぼくは帝国の巨人の耐久力を見誤っていた。
重要臓器をここまで破壊されても、まだ動けるとは!
すさまじい重量がぼくの身体にのしかかる。
ぼくは大地に片膝をついた。
曹長がいった。
「サリュー!やれ!」
「隊長ぉ!」
サリューは軽快に答えると、腰の鞘に差していた小刀を抜いた。
両手で素早く構え、ぼくの頭蓋めがけて突き下ろす。
やられるのか。
みんなの仇、お姉ちゃんの仇をまったくとれないまま、こんなところで死んでしまうのか。
ぼくの巨人脳が思考処理を加速した。
集中力が急速に高まり、時間の流れが遅くなる。
〝ぼくたち〟は、こんなところで死ぬわけにはいかない。
帝国の兵士たち、とくに、みんなを殺す命令を出した、あのヤズデギルドには絶対に命を以て償ってもらう。
絶対に。
全身に筋肉、腱、神経の働きが先ほど以上の精妙さで連動していく。
サリューの刃が迫る。
ぼくはゼロコンマ数秒、身を沈めた。
背中にのしかかっている三機の重量が、一瞬だけ消える。
そのタイミングで体を丸め、足で地面を蹴った。
拳法の震脚のように大地が凹み、衝撃が走る。
三機がぼくの前方、サリューの側に跳ね飛ばされた。
ぼくは、地面に突き刺さっていたサリューの大刀を引き抜くと、全身の力を込めて一閃した。
刃は、四機の巨人の身体を何の抵抗もなく通り抜けた。
わずかな間を置いて、四機の巨人たちは膾切りにされた。
曹長の機体は腰からうえ、サリューの機体は頭部、残り二機は両足がふっとんだ。
いや、それだけではない。
サリューの機体の背後にあった城壁に巨大な剣撃の跡が生じ、壁はそのまま城外に向かって、大音響とともに崩れ落ちた。塵と雪煙が風にまかれながら天高くのぼっていく。高層ビルの爆破解体さながらだ。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
吹雪はかつてないほどに強まっていた。
もう、五十メートルほど先までしか見えない。
ぼくがぶった斬った四機は、呼吸音などから判断して、まだ機能しているようだが、壁の残骸に埋もれている。
残りは、地面に刃で縫いとめた一機だけだ。
ぼくは近づくと、大刀を鉄機の首に突きつけた。
「あなたたちの戦力は? 巨人は何機いるんですか?」
パイロットがいう。
「こ、答えたら、見逃してくれるか?」
念波ではない。
無線通信だ。
これほどの近距離でも雪による空電が入っている。
リガが生身の体を動かし、ぼくの知識を使って無線を起動した。
「答えなければ、容赦しませんよ」
ぼくは巨人の首に血に染まった刃先を押し当てた。
「に、に、二十六機だ。遠征に出発した時は三十機いたが、ウウル族との戦いで四機失った。軍団全体では五千だ。母艦はドゥミドラ、十一番方向に十五分のところにいる」
「わかった」
ぼくは踵を返そうとした。
「ま、待て、行く前にこいつを抜いてくれ!頼む!」
相手は足に刺さっている小刀を指差した。
柄までめり込んでいる。
「もし、ぼくたちの邪魔をすれば、後悔することになるよ」
ぼくはそういって刃を抜いた。
敵パイロットは「ありがたい!」と叫ぶと、脱兎の如く機体を駆けさせた。仲間が埋もれた瓦礫を踏みしだき、城外へと走り出ていく。
いったいなんなのか。
ぼくが本気で追えば、逃げ切れるはずもないのに。
理由はすぐにわかった。
ぼくの装甲の表面に、いきなり氷が張りはじめたのだ。
空気中に浮かんでいる、なにかごく小さな水滴のようなものが、装甲に付着し、そこから一挙に凍っているのだ。
パキパキと甲高い音がそこかしこから聞こえてくる。空間それ自体が鳴っている。
一際大きな音が頭上で鳴った。
ぼくは上を見て、事態を察した。
高空で馬鹿でかい渦を巻いていた雲が、ほんの数十メートル上まで降りてきている。
すでに、崩れ残った城壁の上端は雲に触れ、凍りついていた。
氷結部位はみるみるうちに下方向に広がっていく。
ぼくはようやく事態に気付いた。
くそ。なにが巨人の脳は処理が速いだ。心が熱くなりすぎて、あっさりと重要な事柄を見落としていた。
ぼくは崩れ落ちた城壁の瓦礫を乗り越えると、さきに逃げた敵機を全力で追った。
これが、曹長のいっていた〝超極低温〟だ。
状況から見て、上空からマイナス二百度をはるかに下回る寒気が迫ってきている。
空気中の酸素が凍りついて液体となり、雲は半ば固体となって地面に落ちてきたのだ。
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