アップグレード(運動神経は肉体ではなく脳で決まる)
「んな、バカな」敵巨人のパイロットが念波で呟いた。
ぼく自身、激情の波にのまれながら、驚いている。
繰り出された槍を、右手の指と掌だけで掴み止めたのだ。
向こうがコクピットだけを貫くつもりだったので、フルパワーではなかったとはいえ、信じられないパフォーマンスだ。
敵巨人がさらに力を込めるのと、ぼくが身をひねるのは同時だった。
槍の刃先は地面に突き刺さり、ぼくはクラウチングスタートをする陸上選手のようなポーズから、左足を直上につきあげた。
かかとが敵巨人の顎に直撃し、敵の十数トンの身体が浮き上がった。
人間ならよくて昏倒、悪くすれば死ぬほどの打撃だ。
じっさい、敵の兜の顎は大きく変形し、装甲の亀裂から真っ赤な血が噴き出した。
が、敵は両膝のクッションをうまく使いながら、片膝をつくこともなく着地した。ずずん、と振動が伝わってくる。
敵は、顎の負傷などものともせず、背中に差していた2本の短刀を両の手でぬきはらった。
パイロットがいう。
「ガキにしちゃあ、やるじゃないか。ここからは本気でいくぜ?」
「一撃くらうとは、恥ずかしーやつ」と、もう一機のパイロット。
「うるせえ。いま瞬殺するから見てろよ」
そのとき、ぶおおおおおん!と警報のような音が大気を震わせた。
もう一機のパイロットがいう。
「撤退命令だ。見ろ、極低温嵐が起こりかけてる。さっきの衝撃波のせいだろ。無線通信も落ちかけてるし。まじでさっさと済ませろよ」
空で雲が巨大な渦を巻き始めていた。
世界が暗がりに沈み、吹雪が急激に強さを増す。
二刀を構えた巨人のパイロットが「じゃ、死んどけ!」といって、突進してきた。
ぼくは空手だ。盾も剣もない!
だからといって、引くような選択肢はない!
〝ぼくたち〟の心は煮えたぎっているのだ。
ぼくは前に出た。
敵の左右2本のナイフによる連撃を、カンフー映画でみた武術の達人のように両の手で捌く。
いや、この動きは達人というより、ファナックなどの全自動工作機のそれに近い。何年か前に、YouTubeで自動工作機械が人間と卓球をする動画を見た。人間がどのような攻撃をしかけても、センサーとリンクしたロボットアームが最短距離を走り、完全無比の正確さで弾き返す。人間は世界チャンピオンだったが、手も足も出なかった。
ぼくの手は、いま、あのロボットアームさながらだ。迫るナイフをはたき、そらし、はじく。
「ふざけるな!」敵パイロットが怒鳴る。
彼にすればもっともだろう。彼の動きは悪くない。巨人という他人の身体を操作しているにしてはなかなかだ。多少、カクカクしているものの、シームレスに攻撃を繰り出している。
だが、ぼくに比べれば生まれたての子鹿同然だ。
ぼくは自分自身の体を動かしている上、肉体を操るぼくの脳は、巨人の脳なのだ。
そう、人間の運動神経は脳の神経細胞で決定づけられると聞いたことがある。
そして、巨人の脳は処理速度、記憶保持力、耐久力、あらゆる面で、人間だった時のぼくの脳の出来をはるかに上回っている。
であるならば、この完璧な捌きも納得だ。
ぼくは叫んだ。いや、ぼくではない。叫んだのはぼくの中にあるリガの肉体だ。
ぼくは繰り出された敵の手をねじると、テコの原理を利用してへし折った。そのままの勢いで、敵が握ったままの短剣の刃を敵の首元に突き刺す。
熱い血液が噴水のように吹き出し、ぼくに降り注いだ。
ぼくは湯気と共に朱に染まった。
巨人を殺害したことに、一瞬、動揺したが、際限なく湧き上がる憤怒があっという間に掻き消した。
リガの炎は凄まじい。
彼女の中には、心を同じくするぼくの存在に対する疑問が湧いて然るべきなのだが、強烈すぎる復讐の大火球が、疑問に感じようとする心を焦がし続けている。復讐を手伝ってくれるのならば、どんな存在だろうが受け入れようというらしい。復讐以外のことは、すべて瑣末なことなのだ。
警報が依然強く鳴り響いていた。
頭上では重なり合った黒雲の間から、渦のようなものが地上に向かって何本も伸び始めていた。渦同士は離合集散を繰り返しながら、太く成長している。おそらくは冷気の巨大竜巻だ。あれが地上に達すれば、何もかもが凍りついてしまうだろう。
ぼくが手を離すと、敵巨人が崩れ落ちた。
もう一人の敵は、大慌てでぼくから遠ざかると、念波で「誰か助けてくれ!やられる!」と叫んだ。
賢い行動だ。
街は完全に吹雪に覆われ、数十メートルほどしか視界がきかない。
まもなく、雪を割って五機の新手が現れた。