精神感応操作なのでパイロットの運動神経が鈍いと死ぬ
リガが、ぼくの身体を捻った。
敵巨人が突き出した槍は、ぼくの脇の下を通り、背後の城壁に突き刺さった。
敵巨人のパイロットが「まじかよ!」と念波で叫んだ。
敵巨人は槍から手を離すと、後ろにとびすさり、腰からレイピアのような細い剣を抜いた。
細いといっても巨人のサイズからしたらの話で、刃幅は三十センチ、刃渡りは六メートルほどもある。
もう一機が槍を構え直す。
ぼくはゆっくりと立ち上がった。
コクピットの操縦桿から、リガの怒り、悲しみ、憎しみ、あらゆる種類の激情が伝わってくる。
彼女はぼくの目、ぼくの耳、ぼくの肌を通して世界を認識していた。
ドストエフが市長の娘相手のピロートークでいっていたが、巨人に乗るということは、巨人になるということだ。その一体感、万能感、無敵感は麻薬のようなものであり、だからこそ巨人乗りは死ぬまで巨人乗りを続ける。
だが、いまリガは巨人化の快感などまるで感じていなかった。
強烈な心の痛みが彼女を打ちのめし、激しく燃え上がらせている。
彼女個人の肉体の目からは涙がとめどなく溢れている。ぼくの視界を使用していなければ、まともに前を見ることもできなかったろう。
彼女がぼくの両の拳を握った。
「あ、あなたたち。な、なぜなんですか」念波でいう。「なぜ、こんなひどいことをできるんですか?」
しばしの沈黙のあと、敵の巨人二機の雰囲気が急に緩んだ。
レイピアを持った方がいう。
「驚いた。この都市じゃ子供が巨人を操るのか?」
槍を持った方が巨人の体で頷く。
「才能はあるな。念波の不安定さからすると、15歳よりは下だろう」
「な、なんで、お姉ちゃんを」リガがえづく。
「なんで?」と、レイピアの方。「別に、お前さんらに恨みがあったわけじゃない。ただ、俺たちは飯食って、女を抱いて、温かな寝床で寝たいだけだ。ということで、ちょっと死んでくれ、な。その巨人を持って帰れば給料があがるんだよ」
遠くで別の巨人のパイロットがいった。
「おーい、大丈夫か、お前ら」
槍の方が、槍を振る。
「問題ない。雑魚だ。すぐ殺す」
リガが操縦桿を握りしめた。
「うううう」と、うなる。
ぼくの身体が壁に刺さっていた槍を抜き、前に突き出す。
ああ、ダメだ。もろに運動神経の鈍い女の子という感じの持ち方だ。握っている場所が根元に近すぎるし、右手と左手の距離も近すぎる。
案の定、レイピアの方がひょいと剣を振るい、槍は柄の途中で切断された。穂先が瓦礫のなかに転がっていく。
絶望的な状況だ。
リガの肉体の涙と嗚咽が止まらない。
だが、彼女は諦めてはいなかった。
残った柄を振り回しながら、壁に沿って駆ける。
なんてドタバタした足の運びなのか。
まるで、初めて歩く赤ちゃんだ。
いや、仕方がない。じっさい、彼女は生まれて初めて巨人の身体を操っているのだ。
「あー、めんどくせえな」レイピアの方がつぶやいた。「おい」
「あいよ」
ぼくは彼らに背を向けて走っていたので、突如足に発生した衝撃が何なのか分からなかった。
左のふくらはぎに何かがぶつかり、ぼくは激しく転んだ。
槍だ。地面に槍が刺さっている。槍の方が持っていたものを投げつけたのだ。
足の装甲の一部が大きくえぐれていた。
傷は肉に達している。燃えるような苦痛が広がった。
槍の方がどすどす巨人を走らせ、地面に刺さっていた槍を抜きざま、「どーん!」といいながらぼくの頭部を蹴り飛ばした。
人間同士だったら即死していたと思えるほどの衝撃だった。
ぼくは大の字になった。
頭がぐわんぐわんする。
それに激しい吐き気。
真上の空ではさきほどの雲の大穴がふさがり、激しい雪がふたたび降り始めていた。
リガがどうにかぼくの身体を起こした。
レイピアの方が西洋の宮廷騎士のように、剣を体の中心線に沿って構えた。
「これ以上、手間をかけさせるなよ」
やばい。本気でやばい。
リガが片方の手を操縦桿から離した。
バカ!戻せ! ぼくは心の中で叫んだ。両手で握らないとぼくを動かせないだろう!!!
彼女は「ううううううう!」と叫びながら、コクピットのなかで彼女自身の身体を捻り、操縦席の斜め後ろにあったケース状のパーツを掴んだ。蓋を開くと、配線だらけの柔らかそうな卵状の生体部品が出てきた。
これは、たしかあれだ。
巨人の感じた痛みが、精神感応を通してパイロットにダイレクトに伝わらないようにする装置。
巨人の心がパイロットに流れ込むのを防ぐ装置。
これがなければ、パイロットは精神がおしゃかになって、二度と戻って来られない。
彼女は躊躇なく握りつぶした。
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