都市攻略戦
白い巨人たちは、赤ん坊が積み木の家を壊すように、集合住宅を殴り、押し、踏みつけた。
悲鳴、レンガの崩壊音、それに折れた蒸気パイプが奏でる甲高い笛のような音。
人々が白い巨人たちの足元を逃げ惑う。
巨人たちが入ってきたのとは逆の方角から、防衛隊の巨人が三機、大慌てで駆けてきた。得物を振り回し、白い巨人たちと切り結ぶ。
ド派手な音と共に、門から入ってきたばかりの白い巨人が一機、脳天から真っ二つに切り裂かれ、崩れ落ちた。
遺体の背後に仁王立ちしているのは、両の手にグラディウス状の剣を構えた青い機体、ドストエフのヴァミシュラーだ。
「貴様ら、剣を交えずに抜け去ろうとは、人をなめるのもいい加減にしろ」
念波通信だ。周囲の機体全てに送信されている。
左右から白い巨人がそれぞれ一機ずつ襲いかかった。
ドストエフは、素早く右の一機との距離を詰めると、敵の剣の一撃を肩の装甲で受け流し、己の剣で敵のコクピットを貫いた。
そのまま死に体となった敵巨人の身体を掴むと、もう一機に向かって投げ飛ばす。もう一機は飛んできた仲間を受け止めてたたらをふんだ。そこにドストエフが飛びかかり、頭部を叩き潰した。
また別の白い巨人がつっかけるが、こちらも瞬時に腹を薙ぎ払われ、臓物を吐き出しながら倒れた。
まさに獅子奮迅の働きだ。
六機の白い巨人がドストエフを警戒し、遠巻きに囲んだ。
ほかの白い巨人は都市を破壊しながら、中央部の塔目掛けてまっすぐ突き進んでいる。
ドストエフは、塔を守るために包囲を破らんとし、急に動きを止めた。
包囲の外から、例の朱色の巨人が近づいてきた。
白い巨人たちが離れていく。
朱色の巨人も念波を発信した。
非常にカッチリした、冷徹な思念だ。
「さきほど、貴殿と積極的に剣を交えなかった非礼はお詫びしよう。正面切って戦えば、ずいぶんな数の機体を失いそうだったのでね」
「まさかほかの機体を踏み台にして壁を越えるとは思わなかった」ドストエフの思念が応える。「帝国の騎士たちは、巨人乗りとしての誇りがないのか? 梯子がわりにされて黙っているのか?」
「われわれはみな目的のためだけに動いている。巨人の運用ひとつでことが容易に進むなら、ためらう理由ない」
朱色の巨人も二刀に構えた。
ドストエフがヴァミシュラーの腰を落とす。
「殺す前に名前を聞かせろ」
「ヤズデギルドだ」
ひときわ強い風が吹き付け、処理場に降り積もった雪を巻き上げてぼくの視界をさえぎる。
吹雪もさらに強くなってきた。
リガが雪から目を守りながら「おねえちゃん!」と叫び、よろよろと処理場の事務所の方へと進んでいく。
超重量の刀同士がぶつかる音が天にまで響く。
朱色の機体と青い機体はうすぼんやりとした影しか見えないが、すさまじい戦いになっているようだ。二機の周りで巨大な雪煙が立っている。
「リガ! リガァ!」ぼくの耳がアリシャの声を捉えた。
だが、姿は見えない。彼女は事務所を飛び出して雪の中をこちらに向かってきているらしい。
「おねえちゃん!」リガの声がぼくから遠のき、
「リガ!」とアリシャの声が近づく。
どおん!どおん!と、巨人の足音が急激に近づいてきた。それに金属同士がぶつかる激烈な不協和音。
ぐしゃ!と一万の頭蓋骨が潰れるような音が処理場に響き渡った。
「リガ! 逃げて!」アリシャの声が小さく聞こえた。
それから、巨人が地面に倒れ伏す音が続く。
プシュっとコクピットの空気が抜ける音、「くそお!」とドストエフの声がした。いや、思念波か。
ドストエフが「あの機体だ! あいつがあれば、まだ!!」と叫ぶ。
人間がアリを踏み潰すようなプチンという音、直後に巨人が地面に足を下ろす振動が伝わってきた。
ドストエフの声が消えた。
ヤズデギルドの声がいう。
「吹雪が強くなってきた。無線の調子が悪い。全機体、念話に切り替えろ」
別の声、いや、思念が応える。
「敵方に伝わりますよ?」
「心配ない。いま、敵の最後の巨人を倒したところだ。反応炉の回収はどうなってる?」
「ビザンとクエンティンが取り外してます。もうまもなく、完了する見込みです」
「都市から切り離す際の熱放出に気をつけさせろ。それと、万一に備えて、わたしが船までの輸送を警護しよう。残りはこの街を破壊しろ。〝人肉食い〟が一人でも生き残れば、のちのちに禍根を残す」
ずしん、ずしんと巨人の足音が遠ざかっていく。
びゅおおお!と雪と風が悲しげな唸りをあげた。
中央の塔の方で何かが激しく崩れ落ちる音が聞こえてきた。
都市全体はいままさに破滅しつつあった。
小さな二つの足音がサクサクと雪を踏みしめて近づいてくる。
片方は足を引きずり、どうにか足を交互に前に出しているという感じだ。
やがて、吹雪を割って二人が現れた。
アリシャとリガの姉妹。
アリシャの腹部には巨人の青い装甲のカケラが突き刺さっていた。
前話以前から書き直す形で「念話」という設定を加えました。
巨人の乗り手は、精神感応で巨人を操作しますが、同時に「思念で巨人同士の通信もできる」というものです。
この世界の通信方式としては無線よりも自然ですし、バトルシーンで敵と会話させやすいので導入しました。