地獄へUターン!
「わたしが、操縦できる?」と、リガ。
アリシャは肉の火加減を見ながら、目線を合わせずにいう。
「あなたが乗ったとき、装甲の継ぎ目から出る湯気が増えたように感じたの。ほかの人間が乗ったとき、そんな現象は起きなかった。ひょっとして、精神接続に成功したんじゃない?」
「まさか。できなかったよ」
「そう? 乗るのが怖かったり、わたしに遠慮したんじゃないかと思ったんだけど」
「遠慮なんてしないよ、お姉ちゃん。わたしは操縦桿を握ったけど、何も起きなかっただけ」
「そう? わたしの考えすぎだったかなあ」アリシャが頭をかいた。「ま、ごはんにしよっか」
「今日は何?」
アリシャが肉と野菜を皿に取り分けて、テントに運ぶ。
「合成肉の酒蒸しと赤菜の添え物」
「やった」リガが手を叩く。
二人の様子を見ながら、ぼくはリガがぼくに乗った時のことを思い出していた。アリシャのいうように、たしかに他の人間とは違う何かを感じた。ぼくの神経に熱が入り、細胞は生を取り戻した。
でも、ドストエフと同じだったかといわれれば、それは違う。
ドストエフのときは、ドストエフがぼくの視覚を共有するように、ぼくもドストエフの生身の視覚を共有したし、なんなら、彼が頭の表層で強く考えていることは、そのまま読み取ることもできた。
結局、この処理場の関係者は、全員、操縦の適性がなかったということか。
ぼくは残念な気持ち半分、アリシャたちには悪いが安堵も半分だった。
ぼくを動かせるとなれば、彼らはまずぼくをここで働かせるだろう。ゴミを分別し、ゴミ山を整理させる。まあ、それくらいはかまわない。
しかし、いずれきっと都市防衛に回される。
防衛隊の出撃回数はそれほどまでに増えているのだ。
この夜も、警報音が鳴り響き、巨人軍が大慌てで城壁の外に飛び出していった。激しい戦闘音が吹雪を貫いて都市全体に響き渡った。
翌朝、ドストエフら、防衛隊の面々が処理場にやってきた。
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「この子を引き渡せっていうんですか!?」
アリシャが憤って手を振った。
処理場では、二つのグループが向き合っていた。
アリシャ、リガ、所長、作業員たちのグループと、伊達男〝隻眼のドストエフ〟および副官の〝赤髭のジャムリ〟それに昨日の市議会議員と小太りの市長のグループだ。
ドストエフが湯を抜いた風呂跡に寝転んでいるぼくを指さした。
「見事な出来だ。いや、はっきりいって驚いた。お前が腕利きだということは知っていたが、ここまでとはな。こいつは脳髄と心臓、肺だけにして処理に回したはずだ。それが完璧に再生されているじゃないか」
「だからって、再生させた途端に取り上げると?」と、アリシャ。
所長がうなずく。
「こいつは、この子らが時間外に汗水垂らしてここまでにしたんだ。それをかっさらうってのはな」
ドストエフがうなずく。
「いいたいことは、よくわかる。しかし、お前たちもここ最近の襲撃の増加は感じているだろう。いまは一機でも多く巨人が必要なんだ。こいつを稼働させられれば、それだけ皆が安全になる」
「操縦士はどうするんですか?」アリシャの声はさきほどより弱い。
市長が横から進み出た。
「予定を前押して選抜会を開くつもりだ。半年前のときは〝新人〟は一人も見つからなかったが、あれから四ヶ月、誰か一人くらい才能に目覚めた人間がいるかもしれん」
「それに、なんなら俺が二機を併用して使うって手もある」と、ドストエフ。
アリシャが唇を噛んだ。
ドストエフが進み出て、その肩を叩く。
「アリシャ、お前も整備士として戻ってくれ。俺たちにはお前も必要だ」
「で、でも、市長の娘さんは」
彼女が顔を上げた。
市長が禿頭を叩いた。
「隊長が君の方がいいというなら、わたしが娘に言い聞かせるさ。娘の恋心と市民の命は天秤にかけられん」
ドストエフが笑った。
「市長、わたしは別に娘さんを捨てたりするわけじゃありませんよ。わたしは本気ですから。ただ、わたしの命を任せられるのは、この都市にはアリシャしかいないというだけの話です」
所長が頭をかいた。
「この子は、ここでも必要な人材なんですがねえ。しかし、そこまでいうからには、ちゃんとしてもらえますかね?」
ドストエフが頷く。
「城内に家を用意させる」
「え?」市長がうろたえた。「隊長。市民でないものを城内に住まわせるのはーー」
ドストエフがもう一度「家を用意する」といいきり、市長がため息をついた。
アリシャは横目でリガを見て、小さく頷いた。
話はまとまった。
アリシャとリガは、明日から市長の持家のひとつを与えられることになった。
二人が処理場で暮らすのは今日までだ。
終業後、灰色の雲の下で、所長たちによるささやかな宴席が設けられた。
みな、アリシャたちとの別れを惜しんだ。
若い男の作業員が、アリシャの髪の毛をくしゃくしゃにして「二度と戻ってくるんじゃねーぞ」といった。
リガは姉から離れたところで、ニコニコしていた。
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みなが各自の家に引き上げ、姉妹二人きりになった。
アリシャは外で体を拭くための湯を沸かし、リガはテントのなかから微笑みながらその様子を見つめている。
ふいにアリシャが手を止めていった。
「ねえ、さっきからなんでそんなに機嫌が悪いのよ?」