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極低温と露天風呂(美人姉妹マッサージつき)

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「お姉ちゃん!!」リガが地面に置かれた胸部装甲板の下からいった。


アリシャはぼくの腹の上によじ登り、必死の形相でぼくの体全体に防寒用のシートをかけている。


雪嵐が、ごうごうと荒れ狂っていた。


この世界ーー地球っぽさを感じさせながら、天文学的な点ではどう考えても地球とは思えない世界ーーには、夜というものがないが、分厚い黒雲が隙間なく空を覆い尽くし、夜さながらの闇が、都市を覆っている。


暗がりのなか、雪と風がぼくたちに激しく吹き付ける。


ぼくは既に内臓系および四肢の修復の大半を完了していた。とはいえ、筋肉や、体内型のプレートメイルともいえる防御用の骨、保温用に幾重にも重なる皮膚などはまだまだこれから。とても猛吹雪に耐えられる体ではない。


浸かっている湯も、横たわったぼくの半分ほどまでの湯量しかないうえ、吹き付ける風に熱を奪われ、急激に温度が下がっていた。この調子ではじきに凍りついてしまう。


アリシャもそれを察し、大急ぎで防寒用シートをぼくと〝露天風呂〟こと再生槽全体に張ろうとしているのだった。


ごうごうと空が唸る。


寒い。とてつもなく寒い。


ぼくの身体はぶるぶる震え、わずかでも熱を発生させようと無駄なあがきをしている。その揺れでアリシャの作業速度が落ちているが、ぼくにはどうしようもない。自分の意思では身体を動かせないのだ。


湯から外に出ている部位が、寒さを通り越して痛みはじめた。


首が少し持ち上がっているおかげで、自分の手足の表面に氷が張りかけているのが見えた。


湯の表面も同じだ。


いったいどんな気温なのか。


マイナス四十度? 五十度? 六十度?


アリシャが、最後の固定具を閉め終え、ぼくの腹から滑り降りた。「リガ!」と叫びながら、装甲パーツの下で震えていた妹にかけよると、そのまま彼女をひっつかんで、いまやシートの屋根がついたぼくの露天風呂に飛び込んできた。


そのまま、風呂のへりにある温度調節機に飛びかかり、蓋を開くと、なにやら配線をいじくった。


湯の中の電熱線、いや、スチームパイプか? これはすでに最高温度に設定されていたはずだが、そこからさらに湯温があがるのが感じられた。湯の表面にはりかけていた氷がとける。


シートの外で、風がごうごうとうなり、隙間から入りこみ、ぴゅーいと甲高い笛のような音を奏でる。


「リガ、あなたはここにいて」


アリシャは妹に、首まで湯に浸かるよう指示すると、自分はぼくの筋肉等を揉み始めた。


彼女の小さく柔らかな手、あちこちタコができている手の感触が感じられた。


「おねえちゃん?」と、リガ。


アリシャが首を振った。

「この子、凍傷になりかけてる。揉んで血行を促進してあげないと」


彼女は全身をつかって、もちでもこねるようにぼくの筋肉を揉んだが、服がずぶ濡れだったためか、大きなくしゃみをした。あわてたように湯に浸かる。


すると、リガが立ち上がり、姉にかわってぼくを揉み始めた。


アリシャが「リガ!やめなさい!あなた、身体が弱いんだから!」といった。


リガはやめない。

「わたしだって、お姉ちゃんの夢を手伝いたいの」


リガはアリシャに比べると、ずっと線が細いし、力も弱い。だが、ぼくを揉む手には強い想いが感じられた。


「わたし、ずっとずっとお姉ちゃんの足でまといだったもの。お姉ちゃん、あたしの分の熱を手に入れるために、いつも無理して、傷だらけになって。お姉ちゃんだけなら、もっとかんたんに生きられたのに。とっくに〝印〟をもらって市民になれてたのに。あたしのせいでいつもいつも」


「リガ」と、アリシャ。


リガが首を振った。

「本当は、わたし、この巨人が治らないでほしいって思ってる。だって、治ったらお姉ちゃんは操縦士になって、いままでよりずっと危なくなるんでしょう? でも、これはお姉ちゃんの夢だから。お姉ちゃんの夢がかなわないのはもっと嫌なの」


リガがぼくの腹直筋をなでた。


「それに、いつも独り言を聞いてもらってるからかな。この巨人、なんだか他人って気がしないんだ。この子もあたしたちの家族だよ。家族は守ってあげなくちゃ」


アリシャが立ち上がり、リガの頭をなでた。


それから二人は交互に湯につかりながら、寒気が去るまで、ほぼ丸一日、ぼくを揉み続けてくれた。


彼女らの奮闘がなければ、ぼくは酷い凍傷にかかり、今度こそ死んでいたかもしれない。


そう、格納庫にいる間、ぼくは〝いっそ殺して欲しい〟と思っていたけれど、彼女らに世話してもらううちに、いつのまにか、また生きることに対する希望を抱けるようになっていた。


ぼくは元来、楽天的な人間なのだ。


嵐の後、くたびれ果てた二人は、ぼくの太ももにもたれかかるようにして並んで座り、泥のように眠りこけていた。


ただ、一言、感謝の念を伝えることができれば。

だが、ぼくの口は相変わらず動かなかった。



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