殺戮夢
ヤズデギルドがいった。
「どうなっている? 操縦士はどこにいる」
彼女の疑問ももっともだ。
巨人は操縦士抜きでは動かない。
それが大原則だ。
ことが収まったのを見て、センセイやイカれポンチくんをはじめ、物陰に隠れていた技師たちがわらわらと集まってきた。
みな目を輝かせんばかりにして、ゾンビ巨人に群がる。
センセイが俊敏な動きで胴体によじ登る。
巨人技師は体力仕事ゆえ、インテリ風なメガネをかけていてもマッチョで運動神経もいいのだ。
彼は、空の操縦席を覗き込んで「じつに興味深い!」と叫んだ。
ヤズデギルドの声が、作業用巨人の外部スピーカーから響く。
「操縦士は逃げたのか? わたしには見えなかったが」
「我々にも見えませんでしたよ」センセイがゾンビ巨人の操縦席に入りながらいう。「つまりこいつは無人で動いていたことになりますね」
ヤズデギルドが「センセイ!」という。
以前、帝都では操縦士を支配下に置いた巨人が暴れ回り、800人が亡くなる大惨事になったのだ。
センセイは「大丈夫。わたしは操縦適性ゼロだから」と平然としているが、ヤズデギルドはひそかに作業用巨人に聖剣シャルミレインを握り直させた。わずかでも逆支配を受ける兆候があれば、センセイごと叩き切るつもりらしい。
「早く退いてください!」といったのはイカれポンチくん。センセイより若く、よりマッドサイエンティスト気質の研究者だ。彼は操縦席のハッチを駄々っ子のように叩きながら「わたしだって中を見たい!」と叫んだ。
センセイが「ほう!モニターの類がない。かなり古い型の機体だな」「ここの文字は読めんな。こっちは第二帝政時代のものか。ジャニセル王の印章あり」「予想はしていたが精神逆流防止装置がないな」と呟く。
ポンチくんが「代わって!わたしにも見せてください!」と騒ぐ。
ヤズデギルドは二人の醜い騒ぎに飽きれると、作業用巨人をゾンビ巨人が這い出てきた大穴に向けた。
外部スピーカーからいう。
「アンダルシル、あの奥は巨人の廃棄場だったな」
ポンチくんことアンダルシルが顔を上げた。
「ええ、部品を取り終えた巨人の廃棄所です」
「こいつ以外の機体が稼働する可能性はあるか?」
ゾンビ巨人の操縦席でセンセイが顔を上げ、アルダシルと目を合わせた。
アルダシルがいう。
「ええと、巨人っていうのは不老不死です。なので脳と主要臓器が無事で、わずかでもエネルギーが残っていれば何百年前の機体でも動きます。こいつが本当に操縦士なしで動き出したなら、ほかも動かないとは言い切れません。ただ、ほとんどの機体は部品取りにバラしてます。ここまで状態のいいやつは滅多にないですよ」
彼らが話している間にも、一部の真面目な技師たちはせっせとぼくの頭の手術を続けている。終わりに近いのだろう。エネルギー補充パイプがぼくの身体に接続され、ぼくは全身に力感が戻ってくるのを感じた。
「あとは仕上げた」と技師の一人がいう。
ヤズデギルドの視線がセンセイとアルダシルに向いているのでどうなっているかはわからないが、技師たちは脳の感情に関わる部位に手をつけているのだろうか。ぼくは脈絡なく冷えた気持ちになっていた。
そしてビジョンを見た。
ぼくはどこまでも広がる大雪原を駆けていた。雪原にはアリのように黒く小さなものが蠢いている。何百何千という数の人間だ。彼らは必死に逃げている。親は子の手を引き、子は老いた親を背負って走る。誰から逃げているのか。ぼくだ。ぼくは彼らの上に巨大な足を下ろし、雪原に赤い花を咲かせていく。
ぼくは内心震えながら現実に立ち返った。
いまのはなんだ? さっきの〝年老いたぼく〟の話から、巨人脳が勝手に想像したのか? それとも現実にあった記憶なのか。
〝後者じゃよ〟
頭の中に声が響いた。年老いたぼくのそれだ。
〝やれやれ。ようやく戻れたよ。わしの脳細胞は君のそれと一体化するためにかなりの負荷を受けておるようだ。馴染むまでは頻繁に断線するじゃろうな〟
〝たいへんだったんですよ。あなたが寝てる間にいろいろいろあって。それより、後者ってのはどういう意味なんです?〟
〝だから、君が今見たビジョンは空想などではなく現実の記憶だということじゃよ。あれは、オグナブナバリの記憶じゃ〟
〝なんで、ぼくが彼の記憶を見ることができるんです?〟
〝そりゃあ、わしがオグナブナバリだからじゃよ〟