食料巨人三号のだよ
アリシャはぼくを少しずつ修復していった。
初日は腎臓らしき臓器の装着だった。
所長と呼ばれるあの大柄なリーダーをはじめ、数人の大人が彼女を手伝い、手作りの移動式クレーンで、数百キロはありそうな白い臓器を運んできた。
臓器の表面には、この世界の文字がびっしりと書き込まれている。説明によれば、巨人体内に溜まる老廃物の浄化システムということだ。つまりは人間でいう腎臓だ。製造年月日らしきものも書かれている。アラビア数字に置き換えれば150875だ。15年8月75日? どこで数字を切るのだろうか。
そして、正方形の中に太陽を図案化したと思しきマーク。
ぼくはこのマークに、不思議なデジャブを感じた。
以前にどこかで見たような気もするが思い出せない。
腎臓がぼくの浸かる再生温泉に降ろされたところで、所長と男たちは、「ほどほどにしとけよ」といって立ち去った。
彼らが完全に見えなくなったところで、アリシャは温泉のへりに付けた箱型の機械を操作した。湯温がじわじわと上がり、湯気が増す。
彼女は手で湯加減を確認した後、いきなり分厚いコートを脱いだ。リガが丸くなっているコートに放り込む。それから、灰色のセーターを脱ぎ、黒い上下のつなぎを脱ぎ、擦り切れたヒートテックのような服を脱ぎ、最後に下着を脱いだ。
アリシャは顔や手こそ褐色だが、本当は色白だったらしい。ソフトボール部の少女のような変な焼け方をしている。胸はあまりない。あちこちに薄ピンク色の傷跡があるのは、格納庫で巨人の整備士を務めているときについた傷だろう。
彼女は糸の束と、串ほどもある針、それと鋏を手に風呂に飛び込んだ。
格納庫にいたとき、内臓系の調整を行うときはプールの再生液は抜かれていたが、どうやら、今回は再生液につけたままやるらしい。
悪くないアイデアだ。
新しい腎臓にはある程度の浮力があるらしく、アリシャ一人でもどうにか扱えている。
しょっちゅう死角に入るので細かくは見えないが、彼女は何度も湯の中に潜っては、針と糸で腎臓をぼくの腹に縫い付けているらしい。
不思議なことだ。この新しい腎臓はどうしてぼくに合うのだろうか? 人間の場合、臓器移植には適合性が必要だ。もし、合っていない臓器をつけようものなら、あっという間に拒否反応が出て、臓器は腫れ上がり、使い物にならなくなる。
巨人は戦闘用の生物兵器だから、他の機体由来のものでも融通がつくようにできているのだろうか。
まあ、そうでなくては巨人はあっという間にいなくなってしまうだろう。なにしろ、新しい巨人をゼロからつくる技術は失われているのだ。いまあるものを長く長く使うほかない。
アリシャはここから、ぼくの体感で一時間ほども作業し続けた。
それから「のぼせた!」といって湯から上がり、リガから雑巾みたいなボロボロのタオルを受け取って体を拭いた。
彼女は手早く服を着ると、リガに「少し見張ってて」といって、どこかへ行ってしまった。
それから一時間ほどしたところで、ぶおおおん!と法螺貝のような音が響き渡った。
音の出どころは都市中心部の塔からだ。くじらのように蒸気を噴き上げている。
処理場の男たちが帰り支度を始めた。ゴミ山に登っていた子供たちも、山を降り、処理場から出て行く。
リガが心細げにテントの外に這い出してきた。
その顔がパッと明るくなる。
ぼくから見えない位置から、声が聞こえてきた。
「民生委員に見つかったら、残業中だといえ。こいつが許可証だ」
所長の声だ。
アリシャの声が答える。
「ありがとう。夜は、子供たちも壁の外の家に帰るはずだけど、万一、よからぬ考えをもったやつがいたら大変だから」
「新鮮な巨人肉、それも戦闘用巨人のものはごちそうだからな」
「この子は損耗が激しいから、一片でも取られたくないのよ」
何かガサゴソとビニール布がこすれるような音がした。
「こないだの隊商の置き土産だ。都市の外ならともかく、ここでなら十分使えるだろう」
しばらくすると、アリシャが何を受け取ったのかがわかった。
テントだ。リガが使っているような廃材を組み合わせたボロではなく、ちゃんとテントとして製造されている。
彼女はテントのパーツをぼくの露天風呂ギリギリに寄せると、えっちらおっちら組み立てはじめた。
どうやら、ぼくの隣で夜を明かすつもりらしい。
この間、妹のリガが何をしているかといえば、彼女はぼくの湯のなかから、袋を引き上げていた。
いつのまに入れていたのか。
まな板のようなもののうえで、袋の口を開ける。
なかからゴロリと、塊肉、それに緑色の直方体が転がり出てきた。
リガは小さなナイフで肉をそぎ切りにした。
うすピンク色の美しい断面が現れる。
これは、ローストビーフだ。
アリシャが、黄緑色の布を、白い支柱に巻き付けながら、嬉しそうにいった。
「合成肉じゃなくて、本物じゃないの!」
リガがニッコリした。
「食料巨人三号のだよ。五ヶ月前の降臨祭のあまりをとっておいたの」
ぼくはぶるりと震えた。
前もいったが、無意識の動きは可能なのだ。
といっても、いまのぼくには筋肉がほとんどないので、水面にかすかに漣が立つだけだったが。
食料巨人とやらがどんなものなのかは知らないが、ぼくは自分が際限なく太らされ、際限なく肉を切り取られるところを想像していた。
アリシャとリガはぼくの恐怖も知らず、楽しい夕餉を終えた。
また、ぶおおお、と法螺貝が鳴り響くと、二人はテントに入った。
夜、ということらしい。
太陽はあいからわず、雲の向こうで天球の頂点に輝いていた。