新しい肉体
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背後からブンブンと奇妙な音が聞こえている。
それに、一定のタイミングで熱波のようなものが繰り返し押し寄せてくる。
何が起こっているのかは見ずともわかった。
あとどれくらいの時間が残っているのだろうか。
たどり着いた格納庫は、他同様めちゃくちゃに破壊されていた。
崩れ落ちた梁、ねじ曲がった作業用通路、そこここに整備士の遺体が転がっている。ただし、壁に取り付けられた巨大な時計は、短針を失ってはいたものの、いまだ時を刻み続けていた。
ぼくは手近にあった再生槽に近づくと、覆い被さっていた装甲板をはらいのけた。
プール状のスペースの底には、まだわずかに再生液が残っている。
再生槽のへりを掴み、左手一本でどうにか身体をねじ込む。ぼくは轟音を立てて転がり込み、うつ伏せに倒れ込む。
ぼくは念じた。
〝ハッチを開けるんだ!〟
リガ、それともヤズデギルドか。
どちらかが残された力を振り絞り、わずかにハッチを開いた。
再生液がなかに流れ込む。
ぼくは、二人が溺れない程度にコクピット内が再生液で満たされたのを感じると、左手で外から強引にハッチを閉じた。
ブンブンという音はますます大きくなっている。
ぼくは再生層の底で胎児のように身を丸めた。
唯一動かせる左腕でコクピットを守る。
〝衝撃に備えるんだ〟
なかにいる二人に呼びかける。
かすかに応答する気配があった。
二人も、これから何が起こるか分かっている。
ヤズデギルドの判断通りなら、エネルギーの放出は、エスドラエロンほどではないはずだ。エスドラエロンでは一つの都市全体を暖めるだけの働きをしていたが、さきほどぼくたちが激突したそれは、母艦を動かす程度の熱しか発していない。
とはいえ、これほどの近さでーー。
そこまで考えた時、母艦の反応炉が暴走し、莫大なエネルギーが解き放たれた。
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意識を取り戻したとき、ぼくは穴底のどこかで大の字になっていた。手足の感覚がない。まったく動かすことができない。爆発の衝撃でちぎれ飛んだか、それとも、リガとヤズデギルドが気絶したか、死んだか。
すぐ横には、ぼくがおさまっていた再生槽が転がっていた。ベコベコに凹んではいるものの、かろうじて形状を保っている。
再生層のふちには白い何かが大量に付着している。
真上から、その白いものが舞いおちてくる。
雪だ。
穴の上層に滞留していた黒雲は消え去り、かわりに灰色の空が見えていた。
反応炉のエネルギー放出が、帝都の最上部を覆っていた布の屋根を引き裂いたのだ。
さきほどまで都市を舞っていた火の粉が消えている。
屋根に積もっていた雪が雪崩れ込み、火災を抑え込んだのか。
反応炉からの衝撃波だけでも都市にたいへんな被害をもたらしたろうに、膨大な雪まで。
どれくらいの人間が死んだろうか。
ぼくが心を痛めていると、かすかに思念が聞こえた。
〝気に病むな。あのままでは、市民の大半が焼け死んでいたのだ〟
ヤズデギルドだ。
少なくとも彼女は生きている。
〝わたしもいますよ〟と、リガの思念。
視界の端で、穴のすり鉢様の斜面を駆け降りてくる集団が見えた。先頭をいくのは白い髪に白い髭の大男、ヘブロンだ。
「殿下ぁ!」と叫びながら、転がるように足を動かしている。
リガとヤズデギルドがハッチを開き、コクピットの外に出た。二人とも再生液でびしょ濡れだ。二人の顔や腕に走っているピンクの線は傷跡だろう。ぼくのなかで大怪我をし、それを再生液が強引に治癒させたのだ。
「ヴァミシュラーさん」リガが悲しみに満ちた声でいう。
彼女の視界はぼくにも見える。彼女は胸部装甲のうえから、ぼくの身体を見下ろしていた。ぼくは、もう、めちゃくちゃだった。ぼくの周囲には、それこそ池のような血溜まりができていた。
ヤズデギルドが赤い髪の毛をしぼりながらいう。
「よくないな、ヴァミシュラー。お前の身体は、もう再生処理でどうにかなるものじゃない。あらゆる部位を交換する必要があるぞ」
彼女が目を細めて、数百メートル先の官庁街に落ちている巨人の遺体を見た。
「ここまで酷いと、いっそ頭を無事な身体に移植したほうが早いな」
銀色の装甲に、ひしゃげた頭部。
あれほどの衝撃波を間近で食らったのに、首から下の形状は一切損なわれていない。肉を何箇所かで抉られているようだが、骨は折れていない。いや、折れるはずがない。
〝嘘でしょう?〟ぼくは小さくつぶやいた。
ひとまず第一部完結です!
10万字の予定が、まさか27万字を超えてしまうとは……
お読みになってくださったみなさま、ありがとうございました。
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現在連載中の『ルンバ転生』も、ぜひよろしくお願いいたします。