人型巨大兵器からの解放
⭐︎⭐︎⭐︎
極限の集中状態のなか、時間がゆっくりと流れている。
シムルグの頭部が反応炉の外殻に触れ、少しずつ潰れていくのが、左腕を通して感じられた。
彼から絶叫のような念波が放たれた。
彼の脳が助かるすべを求め、ありったけの記憶を放出しているのだ。走馬灯が嵐のように通り抜けていく。
彼の記憶はぼくの記憶でもある。
冬、実家のコタツのなかで父母とともに食べた蜜柑の味。
縁側から眺める五月の空と鯉のぼり。
パソコンモニターのなかで見つけた大学の受験番号。
大日本神宮製薬の池袋本社で行われた入社式。
路上に横たわった乃木沢の遺体。
暗転。
膨大な土砂をバカでかいレーキでならす無数の巨人たち。
人類の理想郷ともいうべき、無限に続く緑と水の大地。木々の手入れをするぼくの足元を、裸の男女とその子供が歩いている。
一転して火の海と化した世界。大地に大砲が並び、天に向かって火を吹いている。一方、天からも真っ赤な炎の槍が降り注ぐ。ダイソン球のどこかとてつもなく離れた一角と砲撃戦を繰り広げているのだ。降ってきた砲弾がぼくの頭を直撃する。
暗転。
ぼくは巨人としての思い出をほぼ消失していた。
脳が〝出荷時〟まで初期化されたのか、前世の記憶で残っているのは、さきほどの三つだけだ。
ぼくは雪原に立ち、向き合った別の巨人と斬り合っていた。
まわりには同じような巨人が数百機。みな、鎧兜を身につけ、斧や槍、剣、盾で武装している。
突然、戦争の形態が太古に戻ってしまったかのようだ。
武士やバイキングのように荒々しい戦いを繰り広げる。
もちろん、ぼくの手足は、ぼくの意思では動かない。
身体を動かしているのは、ぼくのなかにいるパイロットだ。
パイロットは操縦が下手だった。
ぼくは斧を脳天に食らった。
また暗転。
ぼくは吹雪のなか腰から下を切り落とされた。
暗転。
ぼくは〝熊〟の爪を喰らい、顔面を破壊された。
暗転。
脳がばらばらにされていく。心が壊れていく。
暗転。
いま、シムルグの頭部はラグビーボールのように変形していた。頭蓋内で脳が圧死しかけているのか、もう、念波はかすかにしか感じられない。
闇が〝ボク〟を包み込んでいる。
暗く、寒く、果てのない孤独が迫ってくる。
それでも〝ボク〟は喜びを感じていた。
永遠の悪夢からようやく解放されるのだ。
ようやく。ようやく。
そして彼は自由になった。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
シムルグの死を感じ取った直後、ぼくたちの身体もめちゃくちゃになった。
両脚はあらぬ方向に曲がり、右手はちぎれ飛び、複数の重要臓器が致命的な損傷を受けた。
もはや身体は痛みを感じない。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
ぼくたちは母艦の残骸のなか、反応炉にもたれかかるようにして倒れていた。
反応炉に接続されていたパイプが外れ、反応炉は熱を発しながらぶるぶると震えている。
すぐとなりには頭部を失ったシムルグの遺体。
彼の手は何かを求めるように天に突き上げられていた。
その手のひらに、細かな火の粉がゆっくりと舞い落ちている。
ヤズデギルドとリガの気配が、ごくわずかにしか感じられない。
百メートル以上もの高さを落下したのだ。
母艦とシムルグが多少は衝撃を散らしたとはいえ、中に乗っていた二人はただでは済まなかったはずだ。
骨折、内臓損傷、出血、どのような事態に襲われているのか。
ぼくも彼女らも、あまりにもダメージが大きいせいか、精神リンクが不安定になっている。彼女らの状況は掴めないが、死にかけているのは間違いない。そして、二人とも、まだ操縦桿を握りしめている。
ぼくは残された左腕で母艦の残骸のなかを這った。
へし折れたパイプを掴み、身体を隔壁の上に引っ張り上げ、少しずつ艦首方向に進む。
コクピットのなかの二人を死なせるわけにはいかない。
士官用の個室を潰すようにして這いずり、大食堂の人間用のままごとのような小さな椅子やテーブルを砕きながら前進する。
永遠にも感じられる苦行の末、ぼくは格納庫だった場所にたどり着いた。




