スタバのソイラテが飲みたい。口も胃もないけど
治らないで欲しい?
美少女がいう。
「お姉ちゃん、まだ巨人の操縦者になるのを諦めてないんです。あなたが治ったら、きっと防衛隊に志願すると思うんです。でも、防衛隊はすごく危ないお仕事です。いくら城内に家をもらえても、死んじゃうかもしれないじゃないですか。だから、治らないでほしいんです」
なるほど、よくわかった。でも、ぼくにはどうしようもない。手足を動かすことすらできなかったのに、自分で再生をコントロールなんてできるはずがない。
美少女がクスリと笑った。
「こんなこといわれても困りますよね。気にしないでください。独り言です。わたし、お姉ちゃんが働きに出ている間、家で一人で待ってることが多かったので、独り言がくせになっちゃってるんです」
風が処分場内で渦を巻き、美少女が可愛らしいくしゃみをした。
彼女はボロボロのマフラーを首に巻き直すと、身を縮めてコートのなかに埋もれた。
「巨人さんは、なりたいものってありますか?」
あるよ。人間に戻りたい。
地球に戻って、自宅の最寄りである志木駅のスタバでトールサイズのソイラテを注文したい。
「わたしは旅に出たいんです。もちろん、わたしは身体が弱いので、いまのままじゃ、隣のヒトフォンにすら行けないんですけどね。でも、大人になったら、いつか帝国に行ってみたいんです。ご存知ですか? 帝国」
聞いたことはあるよ。ドストエフが帝国が近隣の国を攻めているというようなことをいっていた。
「帝国は、世界でいちばん大きな国なんです。伝説だと、三十万キロほど先に、もっと大きな国があるらしいですけど、わたしの知ってる中じゃ、帝国がいちばんです。帝国には〝植物園〟や〝野菜工場〟があるんだそうです。信じられますか? わたしたちが食べている人工合成の栄養板ではなく、生の野菜ですよ? 反応炉が三十個もあって、街路には雪がひとかけらもないそうです。人口は五百万人もいるんだそうです。信じられますか? この街の百倍ですよ?」
なんだ? いまなんといった? ここから三十万キロ先?
地球の直径より大きいではないか。
さすがに聞き間違いだろう。
美少女は話し続ける。
「わたしとお姉ちゃんは、この街の人間じゃないんです。十年前にこの街を襲った放浪集団の生き残りなんです。わたしたちの親は、巨人すら持ってなかったから、ただ、ここの巨人にあっさり踏み潰されたみたいですけど。
いえ、恨んでいたりはしませんよ。子供といえど殺されてもおかしくなかったのに、あまりにも小さいってことで見逃してもらえましたし。准市民として城壁外に暮らすことも許してもらえましたし。でも、わたしもお姉ちゃんも、ずっと外の人間なんです。この都市の人たちからしたら、外の人なんです。
だから、帝国に行きたいんです。あそこなら、500万人も人がいるなら、わたしたちだって、ふつうの人間として生きていけると思うんです」
自分でいうだけあって、独り言が多い。
「帝国で市民として生きていきたいんです」
「甘いわね」女性の声がわりこんだ。「帝国だって熱と食料には限りがあるのよ。なんの力もない人間を市民にするほどのゆとりはないわ」
アリシャだ。雑巾のようなタオルで額を拭きながら近づいてくる。
どうやらあがりの時間らしい。
「リガ、この世は厳しいの。夢を追いかけるには力が必要なのよ。夢を守るためには力が必要なの。あなたの手の中の銃みたいにね」
「お姉ちゃん!今日もおつかれさま!」
リガがアリシャに駆け寄った。
アリシャがその頭をなでながら、銃を受け取り、回転式の弾倉を確認した。
「撃たなかったのね。暇な間に練習しておきなさいっていったでしょう? 古代文献でも〝銃〟は訓練が必要だとされているのよ」
「だって、その、怖いし。だって、爆発するんでしょう?」
「いや、小さい爆発で弾丸を打ち出すといったの。金属の粉を使った〝火薬〟は寒さや湿気に弱く、武器として廃れてしまったけど、あたたかな都市の中でなら十分使用できるわ」
「でも、誰かを傷つけるわけだし」
アリシャがリガの肩を掴んだ。
「あなたが優しくしても、敵はあなたに優しくしてくれないの。わたしがいつでもあなたを守れるわけじゃないんだからね」
リガがしゅんとした。
アリシャはため息をつくと、コートの袖をめくった。
「さあ、もうちょっと待ってて。お姉ちゃんは、この子の再生をしなくちゃいけないから。まったく、見事にばらばらにされたものね。これは時間がかかるわ」