三位一体 正真正銘最後の闘い
混乱しているのは、ぼくだけではない。
ぼくと同一化しているヤズデギルドの精神も激しく動揺している。
当たり前だ。
心を一つにしている相手が、自分の父親を殺し、帝都の市民を殺し、すべてを破壊せんとしている悪魔と同一だというのだ。
彼女も、論理的には、ぼくに搭乗し続け、シムルグを倒すことが帝国の人々を救う唯一の道だと分かっている。
しかし、心の奥底がぼくに対して激しい嫌悪感を抱き始めている。ぼくがぼく自身を嫌悪し始めたのと同じように。
操縦桿を握りしめていた彼女の指が、一本ずつ離れだした。
ぼくはそれを止めることができない。
いや、止めようと思えない。
だって、ぼくはシムルグなのだ。ぼくのなかには、シムルグとなった邪悪な何かがあるのだ。アリシャ、皇帝、ギレアド、帝都の市民、巨人となった大勢のぼくたち、あらゆる人々の命を弄ぶ何かが。
ぼくが同じ自分たちを、それと気付かずに殺しまくったのも、文字通り彼と同じだからなのかもしれない。
ヤズデギルドの右手の指がゆっくりと離れていく。
小指、人差し指、中指。
ヤズデギルドの心がゆっくりと離れていく。
シムルグがいう。
「さあ、とりあえずは君の中のパイロットを支配するといい。パイロットを自由にしておけば、君を操って逃げ出さないとも限らない。そうなれば、君はこの先ずっと苦しみ続けることになる」
ヤズデギルドの右手が完全に離れた。
「真実は重すぎる。人間の心はこんな重みに耐えられるようにはできてない。でも、ぼくなら君を救える。ぼくの脳手術で、君は人間からそれ以上の存在に生まれ変わる。人間よりはるかに優れた頭脳と、不死身の肉体をもった〝巨人〟に生まれ変わるんだ。そうすれば、いま、君が感じているような苦しみも消えるんだ」
ヤズデギルドの左手の指が、操縦桿から離れていく。
「君はボクで、ボクは君だ。ボクだけが君を助けてあげられる」
ヤズデギルドの左手が完全に離れんとしたとき、彼女の背後から伸びてきた手が、彼女の手を包み込み、もう一度操縦桿を握り直させた。
〝あなたは、あんなひとと同じじゃありません〟
ぼくたちの心に声が響いた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
ヤズデギルドの肉体がコクピットのなかで振り返る。
〝ヴァミシュラーさんは、やさしい人です。わたしはそれを誰よりも知っています〟
ぼくはヤズデギルドの目を通して、微笑むリガを見た。
ぼくたちのなかに、彼女のぼくへの想いが流れ込んでくる。
長い旅路の思い出が過っていく。
リガの心が、ぼくたちを満たしていく。
ヤズデギルドが小さく笑い、首を横に振った。
「リガのいう通りだな、ヴァミシュラー。たしかにやつとお前は、同じ存在だったのかもしれない。だが、人は出会いによって変わるものだ」
そう。
ぼくは彼と同じように巨人になった。
そして、アリシャとリガに出会った。
シムルグがいう。
「はあ? なんだよこの感じ。リガが目を覚ましたわけ?」
ぼくの身体はもう人間じゃない。
「せっかく楽に終わりそうだったのに」シムルグがシャルミレインをぼくに向けた。「まずは、君の中のお二人さんを処分した方がよさそうだね」
それでも、ぼくは人間だ。
ただのちっぽけな人間。
友達を護ることが精一杯の人間。
同じ自分から生まれた怪物を止められるただ一人の人間だ。
ぼくはまっすぐシムルグに向かい合った。
ヤズデギルドが操縦桿を握り直す。
リガも手を目一杯伸ばし、操縦桿を握る。
そして、ぼくたちは一つになった。