レゴブロック脳
ヤズデギルドは判断が早い。
〝ぼくたち〟は、即座に二撃目を繰り出そうとしたが、シャルミレインが動かない。
シムルグが筋肉を締め、固定しているのだ。
彼は「痛った〜」と、緊迫感のない声でうめきながら、もう片方の腕で手刀を作り、こちらの脳天に振り下ろした。
ただの手刀。だが、嫌な予感がした。ぼくたちは咄嗟にシャルミレインを手放し、身をひねった。手刀は頭を外れ、肩に命中した。
大型ダンプ同士が激突したような破砕音が響く。手刀は装甲を砕き、肉を潰し、血管を引き裂きながら骨を割った。
痛覚が爆発した。
ぼくたちは悲鳴をあげながら、轟音を立てて地面を転がり、シムルグから離れた。
崩れかけた集合住宅のベランダに左手をかけて身を起こす。ベランダに置いてあった植木鉢が路面に落ちて、土が飛び散り、小さな球根が転がり出る。
右腕が動かない。神経系まで潰されたのだ。
シムルグが「勘弁してよぉ」と、日本語でぼやきながら、腕に食い込んだシャルミレインをもう片方の腕で引っこ抜いた。
いつのまにか、ギレアドの気配は消え、シムルグだけに戻っている。
シムルグの腕から血が吹き出し、足元にちょっとした池を作った。が、流れる血は勢いを弱め、あっという間に止まった。信じがたい再生速度だ。巨人細胞は人間のそれより治癒力が高いが、同じ巨人であるぼくの三倍、いや、四倍は速い。
彼がいう。
「何が起きたのか、わからないって感じ? ギレアドには悪いけど、じつはそんなに公平な勝負じゃなかったんだよ」
何が起きたかはわかっている。
彼の腕の骨は、超構造体の刃による完璧な一撃を、弾くでも逸らすでもなく、真正面から受け止めた。
骨で刃を止められることをギレアドは知らなかった。
知っていたなら、戦い方は異なるものになったろうし、勘のいいヤズデギルドは気付いたはずだ。
だが、シムルグは自分の本当のスペックを伏せ、決定的な場面でギレアドを封じ込んで、手刀を放った。
ぼくたちはつぶやいた。
「シャルミレイン以外にもあったのか」
「おっ、さすが。そうなんだよ! 皇族連中が〝大隕石穴〟から回収した超構造体のかけらは、結構な量があったんだ。クソありがたいことに、彼らはそれを使ってボクを強化した。
どうやってボクの骨を超構造体に換装したか分かる?
簡単だよ。
彼らはまずシャルミレインを作った時と同じように、超構造体同士を擦り合わせ、少しずつ骨の形に成形した。
のべ何千人、何万人もの人間が、毎日毎日、擦って擦って擦りまくって、巨人の骨格を削り出したんだ。
それから、ボクの身体を切り開いた。
ボクの肉を割き、露出した骨を砕き、完全に除去したうえで、超構造体で作った骨に置き換えるんだ。あとは再生液に浸せば、周囲の細胞がゆっくりと骨に固着していく。
交換されたのは尺骨だけじゃない。
肋骨、腰骨、背骨、果ては頭蓋骨までだ!
わかるかい? 自分の頭蓋骨がゆっくりと割られていくときの感覚が!
脳を剥き出しにされるあの感覚!
脳には痛覚や触覚はないはずだけど、ぼくはたしかに感じた。果てしない孤独と、魂まで凍るほどの冷気を感じたんだ。
でも、悪夢にはさらに先があった。
新しい頭蓋骨に脳を入れる。
問題は入口だ。もっとも大きな開口部は眼窩だけど、通すべき脳髄の方がずっと大きい。
連中はどうしたと思う?
露出したボクの脳を少しずつブロック型に刻み、眼窩から運び入れて、なかで組み立て直したんだ」
シムルグが自分の頭部をシャルミレインの峰で叩いた。
ゴウン、と重低音が寺の鐘のように響き渡る。
「ボクの意識は二つに分かれた。古い脳の塊に宿る意識と、新しい頭蓋のなかで再構築されつつある脳に宿った意識。
古い意識はほんの少しずつ切り取られ、新しい意識は少しずつ自己を増やしていく。
物質的には古い脳と新しい脳はまったく同じものだ。一度組み立てたレゴブロックの車をバラバラにして、別のところで組み立て直したなら、同じ車ができる。
でも、ボクの新しい脳からは何かがなくなっていた。いや、何かが加わったのかな。それとも単に、技師たちが肉片ブロックをつける順番をひとつ間違えたりしただけかもしれない。
ともかく、最後の脳ブロックが古い頭蓋骨から取り出された時、それまでのぼくは完全に消えた。そして、新しいボクだけが残った」
ぼくたちはいった。
「人間に酷い目にあわされたから、自分も同じようにする権利があるといいたいのか?」
「いや、違うよ。いまのボクは人間に他意はない。むしろ、前のぼくの方が、人間を心の底から憎んでいたと思う。あのころのぼくは、自身を姿形が変わっただけで人間だと思っていたし、だからこそ、同じ人間にいいようにされるのは我慢ならなかった。
もちろん、新しいボクになってからもずいぶん酷い目に遭わされたけど、人間を1人残らず滅してやる!とかそういうのはないんだ。
なんだろう。ボクにとって、人間はゲームのキャラクターとかAIみたいなものだよ。AIがどれほど酷いことをしても、本気で憎むことはできないだろう? それと同じだよ。ボクはもう、別の領域にいるんだ。
ただ、これはこれでさみしいものでね。だからこそ、君にも仲間になってほしいんだよ。なに、何百回か君の脳をぐしゃぐしゃすれば、一回くらいは奇跡も起きるさ」
ぼくたちはどうにか、マンションから手を離し、自力で立った。足がふらつく。
「自分が、人間だと思っていた?」
会話だ。引き伸ばして時間を稼げ。
「やっぱり、お前もぼくと同じように元人間なのか。日本人、ひょっとして大日本神宮製薬の社員か?」
シムルグが人間のように頭をかいた。
ぎゃりぎゃりと金属が擦れる音がする。
「見えている答えが見えないふりをする。ボクの悪癖だね。初期化されたばかりでも、前の記憶はあるんだろう? もっと論理的に考えないと。
なんで、この世界の人間はぼくたちの時代のはるか未来に生きているのに、姿が二十一世紀の人間と変わってないんだ?
もちろん、大日本神宮製薬が作り出した固定遺伝子が組み込まれているからだ。
なぜ、操縦士は巨人を操縦できる?
固定遺伝子が〝濃い〟からだ。ボクらの脳や肉体と同期しやすいんだ。
なぜ、巨人同士はテレパシーが使えるんだ? なぜ、念話なんてものが存在する?
同じ脳だからだ。同じ脳の間には量子リンクが構築される。
つまりーー」
ぼくたちは代わりに答えた。
「お前はぼくで、ぼくはお前だ」