ヤズデギルドとヴァミシュラー
「それじゃあ、慎重にいくよ。いや、緊張するね。巨人の生命力の強さはわかっているけど、場所を間違えればそのまま死にかねないからさ」
頭上からシムルグの声が降り注ぐ。
「大センセイの術式をしっかりと思い出さないと。たしか、あのへんを斬るんだったよな」
大センセイ、少し前にぼくを解剖しようとしたイカれた学者にして巨人操縦士だった男か。シムルグが視界を共有していたということは、皇族の一員だったらしい。
ぼくは頭部装甲に、シャルミレインの切先が当たるのを感じた。カリカリという音。超構造体の刃が、装甲を切り裂いている音だ。
それと同じくして、胸部のコクピットハッチにも異音が生じた。何者かが強制開放したのだ。
ハッチを開いた誰かがコクピット内に潜り込んだ。
操縦桿が握り込まれたのか、わずかな間を置いて、その誰かの意識、いや、ヤズデギルドの感情が流れ込んできた。
やはり、というべきだろう。こんな状況でわざわざシムルグの死角からぼくに乗り込もうなんてのは、彼女以外ありえない。
握ったのは二本ある操縦桿の片方だけと見えて、まだ一体化は起こらない。それでも、ぼくたちの精神交流は、さきほどまでの糸電話程度のものから、超高速光ファイバーにかわった。またたきひとつほどの間に、膨大な情報が互いの精神を行き来する。
彼女にとっては衝撃的な話もあったはずだ。
皇族がシムルグによって作られたこと。
彼女の父を死に追いやったのは彼であること。
そしていま、帝都を滅ぼさんとしているのもまた彼だということ。
どれか一つだけでも、すさまじい衝撃だったろう。
だが、彼女が即座に放った思念は〝うごけ!〟の一言だった。
ぼくは彼女の思念に弾かれるようにして、右腕で脳髄に食い込みかけていたシャルミレインを払った。
「なんで!?」と、シムルグ。
ぼくは寝返りを打った。
ヤズデギルドは、ぼくの意図を察していたので、振り回されながらも、全力で操縦桿につかまっている。
ぼくはシムルグが動き出す前に、全力の蹴りをやつの股間にぶちかました。
腰部装甲が砕け散り、身体が浮かび上がる。
手応えあり!完全にはいった。
腰骨が粉砕されていてもおかしくないほどの一撃だ。
しかし、シムルグはそのまま後方にふわりと着地した。十数トンはあるはずの身体が、まるで羽のようだ。
〝なんて頑健なやつだ〟と、ヤズデギルド。
彼女は一瞬操縦桿から手を離すと、リガをパイロットシートに固定していたハーネスを外し、ベルトの長さを調整すると、リガの上に座るようにして、自分ごとハーネスを装着し直した。
素早く操縦桿を握りなおす。
〝まさか、わたしがお前に乗ることになるとはな〟
〝それは、ぼくのセリフだよ〟
彼女は、ぼくの大恩人であるアリシャの死を招いた相手なのだ。たとえ、シムルグによる誘導があったことを差し引いても、アリシャを殺した怨みは消せるはずもない。
ぼくの負の念を感じたのか、彼女がいう。
〝憎いのはわたしとて同じだ。お前たちはジズを殺したんだからな。巨人乗りにとって、愛機は自らの半身ともいうべきものだからな〟
〝謝れ、とでも?〟
〝いいや、わたしも謝る気などない。許されようとも思わない。わたしたちは互いにすべきことをするまでだ〟
その通りだ。
ぼくはシムルグに向かって刃こぼれだらけの刀を構えた。
彼はかなり警戒しているらしく、慎重に正眼に構えている。
彼が念波でいった。
「なんで動けるわけ? リガちゃんが起きた? あー、ちがう。この気配、そうか、ヤズデギルドちゃんか! そうだろ?」
「その通りだ」ヤズデギルドがいった。「はじめまして、というべきかな、シムルグ」
「いや、ぜんぜんはじめてじゃないよ。ボクは皇帝を通して君を見て、聞いて、触れていた。皇帝はボクの操り人形みたいなものだったからね。君が父親のものだと思っていた言動の大半は、ボクがいわせたものだよ。つまり、ある意味では、ボクたちは親子ってわけだ。やっほー、我が娘」
ヤズデギルドは、黙ったまま、両手で操縦桿を握った。