上を向いて歩こう
シムルグがまた念波を放射する。
「「自由!自由!自由!自由!自由!自由!」」
信じられないほどの〝念圧〟だ。
脳を巨大な手で締め付けられているようだ。
周りの巨人パイロットたちが騒ぐ。
「なんだこの馬鹿でかい思念は!?」
「どこの言葉だ!なんていっている?」
「発信元はシムルグだ!シムルグを止めるんだ!このままだとこっちの頭が持たん!」
四機の巨人がふらつきながら、シムルグに突っ込んでいく。手持ちの武器はみな槍だ。
「シャルミレインに気をつけろ!」と、誰かが叫ぶ。
巨人たちはシムルグを取り囲むようにして四方から突きを繰り出した。
が、槍の刃先は、シムルグに触れる直前でぴたりと止まった。
「な、なんだこれは?」と、パイロットの声。
攻撃に参加していないパイロットがいう。
「お前ら、何してんだ!?」
「うるせえ。ただ、攻撃できないんだ。だって、こいつは俺だから。俺は俺を攻撃することなんてできねえ!」
「これはわたしよ!わたしがここにいる」
「お前ら、何言ってるんだ? ダメならさっさと引け!」
シムルグが、シャルミレインを無造作に振るった。
四機の巨人たちは胴体を胸のあたりで横に分断され、地響きを立てながら崩れ落ちた。
シムルグが日本語でいう。
「「動く!動かせる!自分で思った通りに身体を動かせる!」」
シムルグは美しく流れるような動きで二百メートルほど後方の路面上にいた集団に向けて走った。大質量の物体が超高速で移動することで、猛烈な風が発生し、周囲の炎が巻き上げられる。
「こっちに来るぞ!」
狙われた巨人たちがわらわらと武器を構える。
シムルグがシャルミレインを舞い踊るようにひらひらさせながら、巨人たちの間をすり抜けた。
「「ボクは何だってできる!どこにだっていける!」」
ワンテンポ遅れて、巨人たちの身体の部位がポロポロと落ちる。
まだ無事な巨人のパイロットたちが悲鳴をあげた。
「なんなんだよ。あいつ、なんなんだ!?」
「来るぞ!あいつ、こっちに来る!」
「構えろ!構えるんだ!?」
シムルグがすり鉢の斜面を駆け上がった。
家々を踏み潰しながら、爆走し、いきなり急ブレーキをかける。
彼の目線上に、集合住宅の屋上で身を寄せ合っていた市民がいた。
シムルグがシャルミレインを縦にかまえる。
バットを構える野球選手のようだ。
そのまま、まさにティーバッティングのようにシャルミレインを真横に振った。
市民たちがばらばらに吹き飛ばされる。
シムルグに向かって複数の槍が飛んだ。
上方の渦巻き道にいた巨人たちが、投げやりの要領で投擲したのだ。
時速二百キロ近い速さで、巨大な槍が襲いかかる。
シムルグはシャルミレインを片手で持つと、空いた手で、頭部に向かってきた槍の穂先を挟み止めた。
なんて反射神経だ。これに比べれば、ぼくがエスドラエロンでした両手での真剣白羽取りなど児戯も同然だ。
外れた槍が彼の周囲の集合住宅を粉々に粉砕した。
シムルグは槍をぐるりと回転させると、柄を掴み、無造作に投げた。
槍は凄まじい速度で宙を横切り、投げた巨人に命中すると、腰から上をふっとばした。あまりの衝撃に胴体は砕け散り、まさに跡形もない。
シムルグは猫科の肉食動物のように、するすると巨人たちに近づくと、シャルミレインでスパスパと捌きはじめた。
巨人たちの半分近くは切りかかろうとしても、なぜか自ら刃を止めてしまい、残り半分の斬撃も軽くすかされ装甲に触れることすらできなかった。
巨人たちは逃げ惑い、シムルグは鬼ごっこを楽しむ子供のように穴中を駆け回って切り捨てていく。
やがて、なにか音楽のようなものが聞こえ始めた。
誰かが歌っている。
歌は、建物の崩落音や人々の悲鳴にかき消されることなく、高音質で頭に響く。
シムルグだ。シムルグが念波で歌っているのだ。
聞き覚えがある曲。
これはたしか、坂本九の『上を向いて歩こう』だ。
明るいメロディに乗りながら、シムルグは巨人たちを一人残らず狩り尽くすと、シャルミレインを振り回しながら、スキップでぼくたちに近づいてきた。
ぼくたちは刀を構えながら後退りした。
シムルグは自身の体を完全に掌握している。
自称が一人称〝ボク〟であることから見ても、精神は完璧に融合している。ぼくやリガが、自分自身を〝ぼくたち〟と表現するのは、心のどこかで二つの心が寄り添っているだけと考えているからだ。しかし、シムルグとギレアドは完璧な一個の生命体になっている。
もっとも、いまの殺戮を考えると、シムルグの精神が圧倒的に主体の地位にあり、ギレアドは添え物程度だろうが。
シムルグはぼくから五十メートルほどの距離で立ち止まると、シャルミレインを燃え盛る住宅の屋根に突き刺した。火の粉が天高く舞い上がる。
彼がいった。
「「そう緊張しないでよ。君にはまず礼をいいたいんだ」」




