小さな救援隊
エプスがいう。
「もっとも、この力は君が思うようなものじゃない。これは、〝呪い〟だ。あの日、わたしが初めてシムルグに乗った日から続く悪夢だ」
「呪い? シムルグに乗った皇族全ての動向が見えるんだろ? 便利じゃないか」と、ギレアド。
「君はわかっていない。四六時中、シムルグとつながっていることの意味が。皇帝のことを思い出せ。彼はわたしほどの素養はなかったが、繰り返し搭乗することで少しずつ自己を侵食されていった。わたしはああなりたくなかったから、皇位継承を長年望まなかったのさ。シムルグは長い間、わたしに搭乗させようと皇族の無意識に手を伸ばしてきたが、叶わないとみるや、ヤズデギルドのおチビちゃんに狙いを変えた。彼女もたいへんな素養の持ち主だからね」
リガがいった。
〝いまの話って〟
〝ああ〟
うすうす感じてはいたが、どうやらこの世界にはぼくと同じような存在が、少なくとももう一人いるらしい。
エプスがいう。
「君も自分を失いたくなかったら、降りたほうがいい」
ギレアドがいきなり笑い出した。
「降りる? この最高の機体から? 冗談だろ? せっかく最強の存在になれたんだぜ? わかるんだ。いまの俺は誰よりも強い! ヤズデギルドよりも、お前よりもな」
「しかし、そのために自身を失っては意味がないだろう?」
「俺は俺だ。いつもの通りさ。シムルグに操られている? そんなはずはない。たとえばーーそうだ!」
ギレアドがシムルグの指で、足元に立つヤズデギルドを指した。
無線から外部スピーカーに切り替えていう。
「彼女は俺が殺ろう。お前のいう通りなら、シムルグはヤズデギルドをたいせつにしているんだろう? もし、俺を侵食してるってなら、みすみす俺に殺させるはずがない」
ギレアドがシムルグをヤズデギルドに向かって一歩進めたときだった。
燃え盛る建物の影から、炎を割って小人の集団が現れた。
いや、ぼくから見れば小人のように見えるだけで、じっさいはもちろん人間だ。大男が三人、それに背の低いのが一人。みな、濡れたシーツのようなものに全身をくるんでいる。なんという無茶だ。あんなもので炎の壁を越えてくるとは。
「殿下ぁ!」シーツの男の一人が叫んだ。
聞き覚えのある声。
ヘブロン、第十軍団の歩兵たちの指揮官にして、ヤズデギルドの教育係だ。
ヤズデギルドの動きは早かった。呆然と立ちすくんでいたように見えたのは、機を窺っていただけらしい。すばやく彼らに身を寄せると、ヘブロンが広げたシーツの中に入る。
ヘブロンたちが火の中にとって返そうとしたとき、彼らの眼前にあった建物が音もなく崩壊した。
いや、違う。ギレアドが聖剣シャルミレインでなますぎりにしたのだ。一際巨大な瓦礫が、ヘブロンについてきた男たちの一人を飲み込んだ。
一行の一人が甲高い悲鳴をあげた。
被っていたシーツがはだける。
子供だ。
男の子。
見覚えがある。
この顔は、母艦が崖から落下したあと、リガに「ヤズデギルド殿下を守って」と願った子供だ。
ヘブロンは、いったいどんな流れがあって子供を同行させたのか。
ギレアドがシムルグの片方の脚を引いた。
全員まとめて蹴り殺す気らしい。
ヤズデギルドが「みな、わたしから離れろ!」といったが、ヘブロンは逆に彼女を包むように抑え込んだ。ほかのメンバーも同じようにヤズデギルドに寄り添う。子供は震えながらヤズデギルドのスネにしがみつく。
ギレアドがいう。
「残念です。殿下とは、ぜひ対等の条件でやり合ってみたかった」
ヤズデギルドが叫ぶようにいう。
「ギレアド、頼む! 子供だけでも見逃してくれ!」
「いや、どうせみんな死ぬんですから意味ありませんよ。だってーーあれ、いや、俺、なんでいまこんな言葉を? だいたい、俺、なんでエプスの能力を知ってたんだ? まさか。いやいや、俺は俺だ。そう、俺は、ヤズデギルドを殺して証明する」
シムルグがPKを蹴るサッカー選手のように、一歩、二歩、三歩と下がる。
大丈夫だ。もし、シムルグに意思があるならヤズデギルドを殺させるはずがない。そして、ほぼ間違いなく意思はある。
このまま子供ごと蹴るなどありえない。
たぶん。
ぼくはリガの苦悩を感じた。
彼女の中で、感情がもつれあい、解け、また絡まり合っている。
ヤズデギルドを他人に殺されてしまうのが許せないのか。
それとも、別の何かか。
シムルグが地響きを立てながら、ヤズデギルドたちに近づく。
シムルグが殺すはずはない。
しかしーー。
ぼくが無意識にリガの身体を動かしたのか。
それとも、彼女自身の意思か。
あるいは両方か。
リガが両手で操縦桿を掴んだ。
ぼくたちは一体化するとヤズデギルド目掛けて突っ込んだ。