とどめ
ぼくは刀を握りしめた。
これまで何人もの巨人を斬ってきた。もちろん、搭乗していたパイロットも死んだろう。だが、彼らはみなこちらの命を狙っていたのだ。ぼくからしてみれば正当防衛だったといえなくもない。
対して、いまのヤズデギルドはまったく無力な存在だ。
生身の肉体でも運動能力が高いのは承知しているが、巨人と比べれば、小動物程度の攻撃力しかない。
その彼女を、この巨人用の刀で斬る?
質量差からして、彼女の肉体は木っ端微塵に砕け散るだろう。
ぼくの葛藤が伝わったのか、リガが操縦桿を両手で握った。
精神が一つに戻る。
が、刀を握る腕は動かない。
エプスがコクピットのなかで顔をしかめた。
「やりすぎだ」
やりすぎ? 躊躇しすぎといいたいのか?
そう思ったとき、眼下で一際巨大な爆発音が響いた。
穴底の湖の湖岸で、建物が一つまるまる吹き飛んだのだ。
破片がぼくたちのそばにまで舞いあがる。
美麗な白い建材。きらきら輝く大量のガラス。
そして、無数の紅白の薔薇。
幾万枚もの花びらが炎に煽られて踊っている。
足元で、ヤズデギルドが息を呑むのがわかった。
バラバラになったのは皇帝の宮殿だ。
宮殿は跡形もなく、わずかな骨組みだけの姿になっていた。
これほどの爆発では、生きているものがいるとは思えない。
いや、違う。
瓦礫のなかに、誰かが立っている。
サイズ的に人ではない。
銀色の装甲に、蒼い剣。
皇帝機シムルグだ。
シムルグは崩落した橋を一っ飛びに超えると、棒を拾った幼児のように剣を振り回しながらこちらに近づいてくる。
剣が触れた官庁街の直方体の建物が、豆腐かバターのように切り裂かれた。
トーガ姿の役人たちが悲鳴をあげて出入り口から飛び出してくるのを、シムルグが踏み潰す。足元にいるのが蟻だとでも思っているのか?
わずかに残っていた第十軍団の巨人が斬りかかったが、シムルグが無造作に剣を横に払うと、そのままよろよろとシムルグの脇を通り過ぎた。
なんだ? なぜ、振り向いて攻撃しない?
数秒後、第十軍団の巨人の体が、腹部で前後に〝ズレた〟。
断たれた上身体は、血を流すことすらなく地面に落ちた。
信じがたい切れ味だ。
シムルグは進行方向にある建物を切り裂きながら、建物などないかのようにまっすぐ駆けてきた。途中、おおぜいの市民を瓦礫の下敷きにしながら、だ。
ぼくたちは警戒して刀を構え直した。
皇帝機が、ぼくたちの間合いの外で静止する。ぼろぼろで血まみれのぼくと対照的に、装甲をきらきらと輝かせ、美しい。
エプスがいう。
「今日はどの皇族も異様なほど荒ぶっているが、きみは特にひどいな、ギレアド」
ギレアド?
ぼくたちはリガの肉体に片手を操縦桿から放させた。
聴き慣れた声が、念話で答える。
「悪いな。どうにも高揚が止まらなくてね。こんなに心が弾むのは、ガキの頃、初めてこのシムルグに乗ったとき以来だよ」
「それは素晴らしい。しかし、わたしは前に忠告したはずだ。シムルグには決して乗るなと。
それに、いまさきほど、きみが踏み潰してきたのは、わたしが以前から計画していた上層部の貧民たちではなく、わたしたちを支援する貴族たちだったように見えたな」
「そう怒るなよ。たかが人間じゃないか」
エプスが眉間に皺を寄せた。
「奇妙なことをいうな。君も人間だろう?」
「そりゃ、もちろんそうだ」
皇帝機シムルグが、首を回し、自分が破壊したあとを眺めた。
「やばいな。クレアンの別荘が滅茶苦茶だ。ひょっとして、俺、やりすぎたか?」
「みながやりすぎだ。もっとも、制止もせずに、おチビちゃんとお嬢さんの決闘を楽しんでいたわたしも、人のことはいえないがな」
エプスの巨人が穴の上方を指す。
「見ろ。乱痴気騒ぎをやめて排煙しなければ。このままでは中層以下まで全滅してしまう」
天井付近は分厚い黒雲で覆われていた。雲はじわじわと厚みを増し、下へ下へと広がっている。時折、雲のなかから煤まみれになった住民たちが逃げ出してくる。