問答無用
〝ぼくたち〟の刃とヤズデギルドの刃の激突で衝撃波が生まれ、周辺の炎を球形状に弾き飛ばした。
ヤズデギルドが念波で怒鳴る。
「リガ、いや、ヴァミシュラー、そこをどけ!」
すさまじいパワー同士の鍔迫り合いだ。刃と刃の間で激しい火花が飛び散り、耳障りな不協和音が鳴り響く。
ヤズデギルドの操るジズが頭を逸らし、額を思い切りぼくたちの頭にぶつけた。
ぼくたちは、思わず後退りした。
僅かに間合いが広がった瞬間、ヤズデギルドが刃を捻った。器用な動きだ。彼女の刀が、ぼくたちの刃に沿って滑り、こちらの手首を狙う。
ぼくたちは咄嗟に刀から手を放し、間合いを外した。
ヤズデギルドが空を斬る。
ぼくたちは即座に間合いを詰めると、十数トンの体重が乗った正拳突きを繰り出した。ヤズデギルドがジズの肩部装甲で受ける。ジズが後ろに滑り、また間合いが開いた。
ヤズデギルドがいう。
「リガ、お前はどんな人間を守ろうとしているのか分かっているのか? その男が考えるのは己の幸福のみだ。この惨状が目に入らないのか?」
エプスが、ぼくたちの背後でいった。
「これは、わたしだけのせいではないよ。たしかにわたしは、わたしだけが大切だが、だからといって他者を積極的に犠牲にしようなどとは思っていない」
「よくいう」と、ヤズデギルド。
ぼくたちは地面に刺さっていた自分たちの刀を抜き、大上段に構えた。
リガの思考がいう。
「わたしの街を灰にしたのはあなたですよ」
彼女の念波には強烈な感情が宿っていた。
怒り、悲しみ、後悔、恨み、憐れみ、そのほか言語化できない何か。
巨大で複雑な想いが放射される。
「まさに問答無用だな。お前の家族や友人を殺したのが、わたしである以上、結局は、こうなるほかなかったというものか」
ヤズデギルドが刀を構え直した。
「だが、わたしは帝国市民十万の命を背負っている。わたしは絶対に死ねない。お前がわたしを斬ろうというなら、斬り伏せるまでだ」
ヤズデギルドの刀の切先は、ぼくたちの眼を捉えている。
たしか、剣道でいう〝正眼の構え〟というやつだ。攻防共に隙がなく、甲冑を着ていても邪魔にならない。
一方、ぼくたちの大上段の構えは、攻撃特化だ。防御など二の次。ただ、必殺の一撃を叩き込むのみ。心の内を渦巻く感情が、自然とこの構えを取らせた。
以前、雪原で〝熊〟と戦ったときのように、意識が集中していくのが感じられた。ぼくの巨人脳とリガの脳が百パーセントシンクロする。
ぼくたちの眼と耳は、ヤズデギルドの巨人ジズの一挙手一投足を細微にわたるまで把握する。
呼吸による僅かな胸部装甲の上下。刀の柄を握る右の小指の力具合。装甲下での左太ももの緊張。
いま、ジズの左の足の甲が数センチ前に出ようとしている。
間合いが僅かに詰まらんとした、その瞬間、ぼくたちは地面を蹴った。
極限まで鍛え上げたボクサーが、相手のジャブに反射的にカウンターを合わせるように、ぼくたちの身体は意志よりも早く動いた。
道路の敷石が粉々に砕ける感覚が足の裏に伝わってくる。
ヤズデギルドとの間合いが一瞬のうちに詰まる。
ぼくの巨人脳が、身体の各部位を流れるように動かす。全身の筋肉が究極的な連携を見せ、信じがたい速さで刃を振り下ろす。
刃はジズの肩口に吸い込まれるように落ちていく。
完璧な一撃だ。刃はジズの右肩から入り、左腰から抜けるだろう。
その途中で、ヤズデギルドを切断する。
逃れようはずもない。
が、ヤズデギルドはぼくの攻撃を予知していたかのように、ジズの身を捻った。ぼくの刀は唸りを上げてジズの肩の装甲を掠めただけに終わった。
ヤズデギルドが返す刀で、こちらの腹をなごうとする。
咄嗟に左腕の装甲で受けた。
装甲が弾け飛び、肉を一部削がれたものの、ぼくたちはどうにか一撃を防ぎ切り、間合いを外した。
心が激しく波立つ。
なんだいまのは?
熊と同じ読心能力か?
いや、彼女にそんな力があるのなら、エプスに嵌められるはずがない。
ヤズデギルドがまた正眼に構える。
「驚くべき速度の一刀だな。だが、速いだけだ。わたしが見たところ、ヴァミシュラーの前世は文官だったし、リガはただの町娘だ。お前たちは、反応速度に優れるだけの素人、剣技というものがわかっていない」
斬られた左腕から、血が流れ始めた。




