拷問部屋
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ぼくは格納庫から出されると、大型のキャタピラ車に仰向けに乗せられて、穴底の湖の周りを半周した。
底から見上げる帝都は、日常を取り戻しているようだった。
荷物を満載した小型のキャタピラ車が渦巻き様の大通りを行き来し、人々は斜面に作られた網目のような路地の急階段を息を切らせながら歩んでいる。
下層では、あちらこちらから湯気が立ち上っているが、上層では湯気はほとんど見られない。
貴族たちは湯水のように熱を使うが、貧民はたいせつにしているのだろう。
キャタピラ車は一棟の巨大な建物に吸い込まれた。高さは十階建てほどか。すり鉢状の穴の斜面に半ば埋もれる形で建てられている。壁面には、大量の蒸気パイプが蔦のように這い回り、内部に膨大な熱を送りこんでいるようだった。
キャタピラ車が停まる。
ぼくの位置からは見えないが、警備と思しき男の声が「こいつは、〝穴ぐら〟に運んでくれ」というのが聞こえた。
キャタピラ車の運転士が「あそこはどうにも気が滅入るんだけどな」と返す。
蒸気エンジンが唸り、また進み始めた。
道はどうやら下に向かって傾斜しているらしい。一定間隔で天井につけられた電球が、リズム良く後ろに過ぎ去っていく。
キャタピラ車はトンネルの分岐を右に折れ、左に折れ、最後にひらけた空間で止まった。リガがいるところほどではないが。灯りが少なく薄暗い。
何か工作機械の音が間断なく響いている。それから大量の液体がこぼれるような音と強烈な鉄臭さ。この世界に来て以降、ぼくが自分自身の身体で、これほど臭いを感じるのは初めてだ。
運転士の声がいう。
「おーお、相変わらずひでえところだ」
キャタピラ車がUターンして尻を空間の奥に向ける。
その拍子に、ぼくの頭が動き、空間全体の様子が見てとれた。
まず目に入ったのは、真っ赤な床だ。
どす黒い、血のような赤。
というか、これは血そのものだ。
巨大な空間の中央に、家ほどもある「手術台」が置かれ、その上に、帝国軍の量産機が横たわっている。量産機の頭には、電極らしきものがハリネズミの針のように突き刺さり、右手と両足は失われている。
真っ黒な巨人が一機、馬鹿でかいノコギリを、量産機に残された左腕にあてていた。
手術台の周りには、壺のような形状の再生槽が並んでいた。壺は半透明で、中に詰まった頭と心臓と呼吸器だけの巨人たちが見えている。
なんだここは? 中世の拷問部屋か何かか?
キャタピラ車の運転士が大声でいう。
「大センセイ、そろそろ巨人の〝停止病〟の理由はわかりましたかい?」
黒い巨人の操縦士が、機体に取り付けられた外部スピーカーでいう。
「いいや。だが、もう少しだ。四肢をすべて切断したうえで、神経系に大電流を流すと〝停止病〟を意図的に引き起こせることがわかった。もう、何体か解剖すれば、法則が見えてくるだろう」
「大センセイ、それ、二ヶ月前にも同じこといってましたよ。ひょっとして行き詰まってます?」
「いやいや、君が来なかった間に、〝再起動〟の方法を見つけたのだぞ。よいかね? まず、大脳辺縁系の一部を切除する。その上で脳を再生液で満たすのだ。すると、失われた部位が再生する。これを何度も繰り返すと、まれに〝再起動〟が行われることがーーおい!きみ!それはヤズデギルド陛下がおっしゃっていた、意思を持つ巨人ではないか!」
黒い巨人が、手術台の上の巨人を抱え、傍に降ろした。
足音を響かせながら、キャタピラ車に近づき、ぼくの身体を抱き上げると、やさしく手術台まで運び、横たえる。
黒い巨人の手がぼくの胸部装甲をそっとなでる。
大センセイが嬉しそうにいう。
「安心したまえ。きみの身体の秘密は、必ずやわたしが解明してみせよう」
大センセイの言葉を耳にした瞬間、ぼくの頭の中で、別の人間の声が響いた。
「安心しろ。お前の秘密は、俺が残らず解明してみせる」
大センセイの使う終末世界の言語ではない。日本語だ。
いまのいままで失われていた記憶を、巨人脳が掘り起こし始めた。
ぼくは病院のベッドに仰向けに横たわっている。
耳元では人工呼吸器がシュウシュウ唸り、鼓動モニターが電子音を奏でている。
身体は動かない。意識はあり、瞼も開いているのに指一本動かせない。
視界には、天井のLED蛍光灯の柔らかな光と、カーテンレール、それに同期の乃木沢の微笑みがあった。




