毒殺者
エプスの緑色の瞳がリガを見つめる。
「疑っているようだね。そう心配することはない。わたしは相手が蛮族だろうが、約束は必ず守る」
ギレアドが椅子に座り、肉を齧りながら頷いた。
「そこだけは信用していいぜ。こいつは生まれてからただの一度も約束を破ったことがないんだ」
本当にそうか?
ぼくは、リガに言葉を送った。
「でも、先日の中庭での宴席は欠席なさっていましたよね?」
エプスが笑う。
「よく知っているね。しかし、わたしはお祖父様には出席するとは一言もいっていない。あの方が勝手に、わたしが出るものと思い込んだだけだよ。
あの方は、あの場でチビ助さんの皇位継承を阻止しようとしていた。叔父上がたまたま正気を失ったおかげで上手くいったが、あんなものは偶然に過ぎない。本当に皇位を得たいと思うならば、もっとしかるべき場所に、しかるべき形で働きかけないとね」
彼がリガの手を握る力を強めた。
リガとぼくは彼の目の奥に、ヤズデギルドと似たような光を認めた。
絶対的な意思の強さ、己の目標を必ず達成するという確信、他者が従わざるを得なくなるようなカリスマ、そんなものが宿っている。
「お嬢さん、念のため聞いておきたいんだが、君はチビ助さんに、ずいぶんとよくしてもらっているらしいね。蛮族出身ながら、いまやお付きの警護にまでなっているとか。しかも、軍学校への推薦までもらったそうじゃないか。果たして、それほどの厚遇を得た相手を殺せるものなのかな?」
リガは即答した。
「殺せます。ギレアドさんにもいいましたが、あの人はわたしの家族の仇です。わたしの街の人みんなの仇です」
エプスがリガの瞳の奥を覗き込む。
まるで、心を見透かそうとでもしているかのようだ。
「そうか。決意は堅いんだね」
「はい」
「なら、話はかんたんだ」
彼がベッドの下に手を突っ込み、蓋をしたガラス瓶を取り出した。サイズはタバコの箱ほど。中には無色透明の液体が入っている。
「毒殺に失敗したと聞いて、新たに調合させた薬だ。これは効果が出るまでに一日以上かかる。君はこれまで暗殺に踏み切れなかったのは、逃走の問題があってのことなのだろう? なら、これを使えば話は早い。軍学校に入る前に、チビ助ちゃんの食事に混ぜてくれればいい」
リガはいまだ毒見を続けている。
その彼女に毒を入れさせようというのか。
リガの脳裏を「殿下を守って」と願った避難民の男の子の姿が過る。
リガの手に薬が収まったその時だった。
突如、扉から黒ずくめの男たちがなだれ込んできた。
ギレアドが反応しようとしたが、彼のすぐそばにあった窓が砕け散り、蛇のように入り込んできた男たちが、素早く彼の手足にしがみついた。
リガが〝ヴァミシュラーさん!身体の〟と、操作権を渡そうとしたが、彼女が考え終えるよりも早く、飛びかかってきた四人の男が彼女を押さえ込み、あっという間に後手に縛り上げ、顔に布を被せた。
リガの耳に、エプスが「やめろ!わたしに触りたければ身を清めてからにするんだ」と叫ぶのが聞こえた。




