筋肉男
ギレアドが石造りのラブホの扉をノックした。
扉は薄い鉄の板でできており、鈍い音が響く。
しばらくすると、覗き窓がスライドし、向こう側の誰かがいった。
「お客さん、すみません。今日は貸切でして。あ、ギレアド坊ちゃん」
ガチャガチャと鍵を外す音がして扉が開いた。
ガリガリに痩せた男がギレアドとリガを迎え入れる。着ているコートは分厚く、金のかかったものだが、それを着る男の身体は貧相だ。
「坊ちゃん、しばらくわたしの部屋でお待ちいただけますか?」
男が入り口のそばの部屋を指した。
会計用のガラス窓の向こうに、五畳ほどの小部屋がある。家具は少ない。金属の机に薄汚れた座布団の置かれた椅子、あとはパイプベッドだ。ベッドの上には畳んだシーツが山と積まれている。足元にはバケツに入った掃除用具。
ギレアドが顔をしかめた。
「悪いがのんびりしている時間はないんだ。このあとに用事が控えているんでね。あまり遅れるといらぬ疑いを招くことになる」
彼はそのまま建物の奥へと踏み込んでいく。
貧相な男がリガの後ろからギレアドを追う。
「お、お待ちください坊っちゃま。若殿さまは、その、現在、個人的なご趣味の最中でして」
「あいつの遊びには慣れてる。いまさら気にしやしないよ。部屋はいつもの〝灼熱の間〟か?」
「さ、左様で」
ギレアドは階段を二階分上ると、いちばん奥まったところにある扉を開いた。
吹き出した熱気がリガの顔を打つ。
部屋の壁や天井には、スチーム用パイプが蛇のように走り、いたるところに放熱器が据え付けてあった。天井のパイプからは、鎖が垂れ下がり、その先には手錠や鍵、用途のよくわからない道具が結えられている。
灯り取りの丸窓が、三方の壁に設けられ、外の街灯の光が差し込んでいた。窓の向こうには風俗街の建物の屋根が見える。それに警備用の巨人の頭の一部。
窓の前に置かれたテーブルの上には、氷入りのバケツと、果実酒の入ったボトルにグラス。おつまみだろうか、大皿に人の頭ほどもあるロースト肉が盛り付けられていた。
「なんだ、貴様ら!」
怒鳴ったのは、部屋の真ん中に据えられたベッドの上の大男だった。とんでもない巨漢だ。先日見た皇帝に匹敵するほどの体格で、筋肉が異様に盛り上がっている。裸の肌には至る所に薄ピンク色の傷跡が走っていた。男は黒いザンバラ髪を振り乱しながら、腰を振り続ける。男の下にいる誰かがその動きに合わせて嗚咽を漏らしていた。
男が、腰を止めることなく、ベッドの上に置いていたナイフを手にした。
「殺されたくなければ、いますぐ失せろ!」
ギレアドが頭をかいた。
「いや、お前さんこそ立ち去ってくれよ」
男の下になっていた人物がいった。
「ザフトラ、そこにいるのはわたしの友人だ。いったん休憩としよう」
大男が「は、はい。旦那様」といってベッドから降りた。床に落ちていた腰布を巻き付け、「誠に失礼いたしました」と一礼して、ギレアドとリガの脇をすり抜けて部屋を出て行った。
下になっていた人物が「またあとで楽しもう」と声をかけ、ゆっくりと身体を起こす。
紅く、なめらかな髪が腰まで落ちた。肌は雪の様に白く、ほっそりした腕は、箸と茶碗にすら重みを感じそうだ。顔は西洋人形のように整い、緑の瞳は外の光を受けてきらきら輝いていた。
「待ってたよ、ギレアド」
涼やかな低い声でいう。
ギレアドが床に落ちていたローブを拾い、相手に投げる。
「俺が客を連れて行くといってるのに、男娼を呼ぶやつがあるかよ」
「人生は短い。楽しめる時に楽しまないと後悔することになる」
男性が、優雅な動きでローブに袖を通した。
ギレアドがいう。
「リガちゃん。この破廉恥男が、君の味方になってくれる皇位継承者、ファイサリード本家のエプスだ」
エプスが微笑む。
「よろしく、復讐者のおじょうさん」




