乱痴気野郎
リガがいった。
「ギレアドさんが、わたしの案内を?」
彼が頷く。
「こう見えても、俺は第六十四期主席卒業の身だぜ? 巨人の模擬戦じゃ卒業まで無敗っていう、神記録を打ち立てたんだぜ?」
「ちなみに、わたしも無敗だったがな」ヤズデギルドが粘土板に目を通しながらいう。「しかも、試合数はギレアドより五試合も多いんだ」
「しかし、殿下の世代の試合刀は刃引きしてあるのでしょう?」
「ほう? いうではないか。久しぶりにやるか?」
「殿下はジズでなく、公平にひらの巨人に乗ってくださいよ」
「いいだろう。わたしも、ちょうど事務仕事に飽いてきたところだ」
そのとき、「いやあ、参りましたなあ」と、ヘブロンが新しい粘土板を十枚ほど抱えて、扉から入ってきた。「皇帝陛下は随分お加減が悪かったようですなあ。未決裁の伺の山です。とりあえず、補佐官たちに緊急度の高いものだけを選分けさせておりますが、あと五十枚はございますぞ」
ヤズデギルドが椅子に沈み込んだ。
「代理になったばかりのわたしに、どれだけ決断させる気だ」
「殿下なら大丈夫ですとも! 皇帝候補が軍団長に据えられるのは、軍団運営が、国の運営に似通っているからです。限られた資源を有効に使い、人を生かし、さらなる熱を手に入れる。ようはその繰り返しです。第十軍団をあれほど強くできたのです。殿下の資質に間違いはございませぬ」
「ならいいのだがな」
ヤズデギルドがいいながら、粘土板に皇帝の印章を押し付ける。
「そういえば、例の件はどうなった?」
「〝先生〟から報告がありました。街頭警備用の巨人の調整が終わったそうです」
ギレアドが身を乗り出す。
「街頭警備用の巨人?」
ヤズデギルドが肩をすくめた。
「今朝方、持ってきた反応炉のひとつの組み込みが完了した。その熱で、一度に運用できる巨人の数が増えたのだ。だから、穴の各所に配備することにした」
「なんでまたそんな大袈裟なことを」
「戴冠式まであとわずか、それまで貴族派を大人しくさせるためだ」
「あのじいさん共も、さすがに諦めたんじゃあないですかね。そもそも、じいさんたちの本命はよりによって、エプスですから。あんな乱痴気野郎にシムルグが乗りこなせるはずありませんよ。こないだの式典をすっぽかしたときも、愛人といっしょだったとか」
「ならいいのだがな」
ヤズデギルドが顔をあげた。
「リガ」
「はい?」
ヤズデギルドが何かいおうとしてかぶりをふった。
「いや、なんでもない。勉学によく励めよ。お前の実力ならば首席卒業も夢ではない」
〝首席、とはなんです〟リガが思念でいう。
〝一番成績がいいってことだよ〟と、ぼく。
ヘブロンが頷く。
「信じておるぞ。お主は殿下の剣としての矜持を示してくれると」
なんて大仰な言い回しだ。
リガが頷いた。
「頑張ります」
「おっとそうだ」ギレアドが人差し指を立てた。「校長に挨拶に行く前に、格納庫の巨人たちにも挨拶しておこう。筆頭騎士として、リガがちゃんが入学して寄宿舎に移る前に確認しておきたいことがあるんだ」
「なにをだ?」と、ヤズデギルド。
「リガちゃんは、ヴァミシュラーの声が聞こえるわけですよね? もし、リガちゃんが、他の機体に乗ったら、他の機体の声も聞こえるのかなあ、なんて思いまして」
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格納庫の再生槽のなか、ぼくは、ほぼ回復していた。
再生液に長時間浸かったおかげで、脇腹の痛みはすっかり消え去っている。
転落事故の影響で整備士の数は減っている。奇跡的に死者は出なかったものの、十二名が骨折などで艦外の病院に入院中だ。
少しがらんとした格納庫内に、〝先生〟のはつらつとした声が響いている。
「そうそう、再生液の濃度をもっと高めるんだ。せっかく殿下が反応炉の熱を多く回してくれたんだからな」
先生も重傷だったが、巨人用再生液に長時間浸かることで早期に復帰してきたのだ。ただし、巨人と違って人間の細胞は〝再生回数〟に限りがある。先生は寿命を削って身体を癒したのだ。
「おーい、先生」と、ギレアドの声。
ぼくはリガの視覚を共有した。
ギレアドの背が見える。彼は手を振りながら先生に近づいていく。
「ちょっと実験に付き合ってくれないか?」