白薔薇の巨人
扉が開かれると、むっとするような熱気が押し寄せてきた。
リガはキョロキョロしながら中庭へ入った。
不思議な作りの空間だ。
芝生敷きの庭を取り囲んでいる五階建の建物は、中庭に向かって一階ずつ階段のように伸びだしている。それぞれの階のテラスでは、朱色の薔薇が溢れんばかりに育てられていた。庭の中央部には、お湯の張られた円形の池があり、うっすらと湯気を立ち上らせている。
どうやら、庭全体で〝穴〟を模しているらしい。池は、湖の代わりということか。
芝生のそこここに、円形のテーブル。上には肉料理、野菜料理、何らかの果物がふんだんにのっている。給仕たちが手にした盆の上には、飲み物のグラスが並び、なかで氷が揺れている。
宴席の出席者たちは、額ににじむ汗を拭いながら、冷えたドリンクを楽しんでいた。
出席者の服装は、男は上半身裸で腰布のみ。足元はみな素足だ。女性は極薄のドレスで、足元はペラペラのサンダル履きだった。
ヤズデギルドが不満げにつぶやく。
「熱の無駄遣いにもほどがある」
いちばん近くにいたでっぷりとした中年男が、彼女の姿に気づいた。
「おお!みなさま!英雄のお帰りですぞ!」と、バリトンの効いた声を張り上げる。
会場が沸いた。
人々が、ヤズデギルドのまわりに、わっと群がる。
「殿下!殿下!」とお上品そうな貴族たちが、ヤズデギルドに抱き着こうとし、ヘブロンとギレアド、それにヤズデギルドの母親が押し返す。
ヘブロンが「まずは陛下に!陛下に!」といいながら、人波をぐいぐいと割っていく。
一部の貴族たちは、ヤズデギルドと間違えたのか、リガに抱きつこうとした。リガはドレスの裾をひらひらさせながら必死でかわす。
〝なんなんでしょうか、ここの人たちは〟
彼女は、うろたえた思考でいう。
〝抱きつくことが礼儀の一種になってるみたいだね。熱を分け与えることで敬意を表すのかも〟と、ぼく。
一行は、ご挨拶の波をかきわけると、白薔薇で覆われたテラスの前に出た。
薔薇に埋もれるようにして、一機の巨人が建物に腰掛けている。美しい白銀の装甲に覆われたそれは、両手を前に伸ばし、青みがかった金属で出来た剣を、地面に突き立てていた。
剣は鞘に収まっておらず、抜き身のままだ。これほど多湿の環境で、錆が気にならないのか?と一瞬思ったが、刀身の色艶から見て、これこそギレアドが以前にいっていた〝超構造体の刀”なのだろう。
刃の手前には、色とりどりのクッションが山のように積まれ、裸同然の男が一人、身を沈めていた。身につけているのは、褌のようなものだけだ。よく鍛え上げた身体は浅黒く、頭まで含め、全身の毛は綺麗に剃り上げてあった。
ヤズデギルドが男の前で片膝をついた。
ヘブロン、ギレアドも倣う。
リガはヤズデギルドの母親に引っ張られ、脇に避けられた。
ヤズデギルドがいう。
「陛下、軍団長ヤズデギルド、ただいま帰参いたしました」
男が顔を上げた。
髪だけでなく、眉毛もない。
まったくの無表情だ。まるで感情を感じさせない。喜怒哀楽というものが、失われているかのようだ。
これが、帝国の皇帝なのか?
男が平坦な声でいう。
「ご苦労。では、下がってよろしい」
「は?」と、ヘブロン。
パーティ会場がたちまち静まり返った。
ヤズデギルドの母親が「あの、陛下。ヤズデギルドは反応炉を四つも持ち帰ったのですよ?」という。
「そんなことは分かっている」と、男。




