ベッドで安らかに死ぬことなどできない
リガは頷くことができなかった。
男の子はじっと彼女を見つめている。
リガの口が動き、どうにか「大丈夫よ。殿下はとても強いから」といった。
男の子が首を横に振る。
「でも、ヤズデギルド様は何度も暗殺されかかってるから。〝さいかそう〟の人たち以外の人間も守ろうとするから、敵が多いんだよ」
「さいかそう?」
リガの言葉に、男の子が〝穴〟の底を指した。
「お姉ちゃん、知らないの? 帝都の外で生まれた? あそこの人たちは、これまでずっと、いざってときは熱を独り占めしてるんだよ。この国ができてから、これまでに〝だいかんぱ〟が四回あったけど、四回とも〝さいかそう〟の人は一人も死ななくて、上の方の人はおおぜいが死んでるんだ。
ヤズデギルド様だけが、二度とそういうことがないようにって頑張ってくれてるんだよ。
だから、お願い!」
男の子が、リガの手にエネルギーバーを押し込んだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
ヤズデギルドは子供たちに手を振り返しながら、母艦前に作られた指揮所に戻った。
「やれやれ、これだけ疲れる昼食は久しぶりだな」
作戦会議用の五人がけの円卓の椅子に座り込んで息をつく。
「そうおっしゃるわりには、にこやかにされてましたね」
「自分が護らねばならないものを知ることは大切だからな。老人どものなかには、〝無駄に熱を喰うだけのお荷物〟なんていう奴もいるが、子供たちは未来そのものだ。子供一人の命は、巨人一機、いや、母艦一隻にも匹敵する」
ヤズデギルドの目から笑みが消えた。
「今回の事故では、幼い女児一人と男児二人が犠牲になっている。仕組んだ輩には必ず報いを受けさせる」
「殿下は、命をとても大切になさるのですね」
ヤズデギルドが首を曲げてリガを見る。
「なにを当たり前のことを」
リガが男の子からもらったエネルギーバーを握りしめる。
「では、どうして戦場でかんたんに人を殺せるのですか?」
〝リガ!〟と、ぼく。いきなり何を訊いているのか。
ヤズデギルドが微笑んだ。
「わたしたちの生きるこの厳しい世界においては、迷い、苦悩することに使える熱などないからだ。世界に残っている熱量は限られている。誰か一人を救うことは、誰か一人を見捨てることだ。わたしは神ではない。全員を救うことなどできない。わたしにできるのは、自分の手の届く範囲にある人々を守ることだけだ。誰かを殺さねば、最愛の人々を護れないのなら、わたしは殺す。それだけだ」
「お強いのですね。怨みを買うことを恐れないのですか?」
「もちろん怖いさ。わたしは布団の中で安らかに死ぬなんてことはできないだろう。なにせ、この通り、帝国のなかだけでも、わたしを殺したがっている連中は山のようにいるのだからな。だが、命を失うその瞬間までは、護り続けてみせる」
「ご心配召されるな!」ヤズデギルドの背後に大柄な男が立った。老将ヘブロンだ。「どのような輩が襲ってきたとて、殿下はこのヘブロンめが護ってみせますぞ」
ヤズデギルドが笑いながら、円卓の上の見取り図を指した。
「では、さっそくお願いするとしようか。今夜の論功行賞の警護だ。わたしにとって〝大宮殿〟は熊の口の中のようなものだからな」
ヘブロンが顔をしかめた。
「皇帝陛下の、お父上のお膝元ですぞ?」
「だからこそだ」